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自分亡き後の「財産の行方」を知っていますか?
まず、ご自身が亡くなったあとの財産の行方について少し想像してみましょう。お子さんがいるご夫婦の場合は、ご夫婦とも亡くなればお子さんに財産が受け継がれます。下の代に財産が受け継がれていくことは、心情的にもとても自然なことでしょう。
一方、お子さんのいないご夫婦の場合は…? 夫が亡くなれば妻に、妻が亡くなれば夫に財産が受け継がれる、とすれば、ここまでは心情的に自然なことです。お互い協力し合って生きて、二人で築いた財産ですから、残った配偶者の老後のために使ってほしいものです。
ところが、何もせずにご相続を迎えると、予想していなかったトラブルが発生するのです。
実例:「子のいない夫婦」に起きた悲劇
ここで、あるご夫婦に起こった悲劇をご紹介しましょう。
孝雄さん(仮名)と優子さん(仮名)のご夫婦には子どもがありません。孝雄さんは63歳、あと少しで定年です。優子さんは少し歳の離れた52歳。まだまだ若く元気な二人でしたが、ある日、孝雄さんが通勤途中で事故にあい、急死してしまいました。
優子さんは悲しみのなか葬儀などを済ませ、ようやくひと段落ついた頃に、孝雄さんの兄から電話がかかってきました。「優子さん、孝雄の相続はどうするんだい? 我々が法定相続人のはずなんだが…」
孝雄さんは、自分が死ぬことなど微塵も考えていなかったので、当然ながら遺言書などは書いていませんでした。そうなると、孝雄さんの相続財産は、すべて孝雄さんの相続人全員で協議して分けることになります。これを「遺産分割協議」といいます。
遺産分割協議は相続人全員の合意がないと成立しませんので、何十年も未分割のまま、というケースもあります。
ここで、孝雄さんの法定相続人は、妻の優子さん、そして孝雄さんの両親は既に他界しているため、孝雄さんの兄弟姉妹ということになります。
孝雄さんには歳の離れた兄が二人います。長兄は78歳、次兄は76歳。優子さんとは親子ほど歳の離れた夫の兄弟ということになります。結婚して以来、何度か会うことはありましたが、あまり話のかみ合う相手ではありませんでした。
また、孝雄さんの相続財産といっても、自宅マンションと預貯金、死亡退職金くらいです。自宅マンションは築25年で、財産価値としては2,000万円くらいです。預貯金は二人で協力して貯めた2,000万円。また、死亡退職金は、孝雄さんが55歳のときに今の会社に転職したこともあり、300万円ほどしか支払われません。
なんだか遺産分割といっても、何をどうすればよいのか、優子さんはさっぱり実感が湧きませんでした。
とにかく指定された日に、長兄の家に行きました。そこで義兄二人の口から出たのは、「早く済ませてくれ」という言葉でした。歳をとって気が短くなったのでしょうか。「こっちも歳だし、何度も話し合いの機会を持つってわけにいかないんだ」「済ませることは早く済ませないと、落ち着かないだろう」
そして財産の分け方については、法定相続分というものがあるんだからその通りにしなくちゃいかんだろう、の一点張りです。
本来、遺産分割協議というものは、相続人全員が同意すれば、相続人間でどのような分け方をしても構わないのです。この場合は、先行きの長い優子さんのために全財産を優子さんが相続して、兄二人は何ももらわない、という選択肢もあります。
ところが、そこは兄二人が譲らなかったのです。「我々は年金生活者なんだよ。あんたはまだ若いから、これからいくらだって稼げるだろう。あまり欲をかくもんじゃないよ」「そうそう、まだ若いからこの先再婚ってこともあるだろうし。孝雄の財産は孝雄の親族として、ここできちんと分けておいてもらわないと、キリがつかないじゃないか」
優子さんは悲しくて悔しくて、胸がかきむしられる思いでした。大切な孝雄さんをふいに失って、まだ数ヵ月。再婚とか、欲をかくとか、なぜそんなことを言われなくてはならないのか?
優子さんはこれまで会社員として働いてきましたし、これからも働ける限りは働くつもりですが、それでも52歳で突然一人になり、これから先の長い人生、お金が必要です。
それに孝雄さん名義の預貯金2,000万円にしても、共働きの夫婦であったため、「二人のお金」のつもりで、月々の生活費から余ったものを貯金してきた結果の産物なのです。
相続トラブルの「結末」
短気な義兄たちから結論を急がされた優子さんは、彼らと口をきく気力を失い、とうとう法定相続分で財産を分ける遺産分割協議書にサインしました。
死亡退職金300万円は、受取人である妻の優子さん固有の財産として、遺産分割の対象とはなりませんが、これ以外の自宅マンション2,000万円と預貯金2,000万円の合計4,000万円を、法定相続分通り分けることとなりました。故人の配偶者と故人の兄弟姉妹が相続人の場合、法定相続分は、配偶者が3/4、兄弟姉妹が1/4となります。兄弟姉妹が複数いる場合は、1/4を頭割りしますから、このケースでは義兄たちは一人1/8ずつ受け取ることになります。
優子さんは、二人で頑張って貯めた預貯金から義兄たちの口座へ500万円ずつ振り込み、この不快な義兄たちから解放されることとなりました。
お子さんのいるご夫婦の場合は、どちらかが亡くなった際の相続人は、配偶者と自分の子どもになります。財産が下へ流れていくのは感覚的に矛盾がないと思いますが、お子さんのいないご夫婦の場合は、配偶者のほか、故人の親が生きていれば親が、親が亡くなっていれば故人の兄弟姉妹が相続人となります。
孝雄さんもそうだったと思うのですが、自分が死んだあと、兄弟に財産をあげたい、と思うより、配偶者にあげたい、と思うほうが一般的かと思います。そして、優子さんと義兄たちのように歳の開いた相続人との話し合いとなると、人生経験等の面からどうしても年下の者が不利になります。また、血の繋がっていない相続人同士の話し合いでは、受けなくてもよい傷を負ってしまうこともあります。
こんな思いをさせないために、孝雄さんはどうしておけばよかったのでしょう?
たった「ひと言」書くだけ…最良のトラブル回避策
お子さんのいないご夫婦は、たったひと言、お互いに遺言書を作成することでこうした問題を回避できます。お互いに「全財産を妻へ相続させる」「全財産を夫へ相続させる」と書き合っておくのです。
故人の兄弟姉妹には、相続財産の最低限の取り分である「遺留分」がありません。そのため、このような遺言書があれば、優子さんは孝雄さんの義兄と財産の分け方について話し合う必要もなく、全財産を相続でき、また、心ない言葉で傷つくこともなかったのです。
大事な妻や夫を守るため、みなさんもぜひ、この機会に遺言書を検討してみてください。
井口 麻里子
辻・本郷税理士法人
税理士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士
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