(※写真はイメージです/PIXTA)

自身の財産を減らす、切り離すという意味で、長期間にわたってこまめに贈与を繰り返すのは、とても上手な相続対策です。ただし生前贈与は、単に「財産を他人のもとへ移動させる」だけでは成立しないことに注意しなければなりません。場合によっては、税務調査で大きなペナルティを受けることも…。辻・本郷税理士法人 井口麻里子税理士が失敗事例を基に解説します。

「令和5年度の税制改正」で相続税、贈与税が大幅変更

相続税、贈与税の制度が大きく変わり、これからの相続対策や贈与のやり方などに頭を悩ませている方も多いと思います。

 

令和5年度の税制改正では、生前贈与加算の期間が3年から7年へ延長されることとなりました。これまでは相続が発生する前の3年以内に行った贈与については、亡くなった方の相続財産に加え直して相続税の計算対象とすることになっていましたが、この加え直す期間が7年になったのです。そのため今後は、贈与をしてご自身の財産を減らすという意味合いの相続対策には、60代、70代といった、早い段階から計画的に贈与をすることが必要となってきます。

 

令和6年1月1日以降に行う贈与から、この期間延長の対象となりますから、令和5年中に行う贈与については、まだ3年ルールが適用されることになります。

では、生前贈与はもう相続対策にならないのか?

このように相続財産へ加算される期間は長くなったものの、依然として生前贈与が有効な相続対策であることは間違いありません。ご自身の財産を減らす、切り離す、という意味で、長期間にわたってこまめに贈与を繰り返すのは、とても上手な相続対策です。亡くなる前7年以内に行った贈与は、相続財産に加え直されることになりますが、それ以前に行った贈与はきちんと切り離せますし、何よりお子さんがたが喜んでくれるのを生きているうちに実感できますからね。

 

こうしたわけで、ずっと前からコツコツ贈与を繰り返してきたという方は、結構多いのではないでしょうか?

 

今回ご紹介する大橋浩介さん(仮名)は、長年にわたり孫へ贈与を繰り返してきましたが、残念ながら2年ほど前に他界しました。そしてこの春、税務署から税務調査を受け、ここで大変なミスを犯していたことが発覚。大きなペナルティを受けることとなってしまったのです。

亡くなるまでの10年間、孫5人に「毎年100万円」贈与

浩介さんは、75歳を迎えたのを機に、5人の孫への贈与を始めました。長男と長女に2人ずつ、次男に1人、合計5人の孫がいます。いずれ学費もかかるだろう、と心配した妻の裕子さんが、浩介さんに贈与を提案したのです。贈与によって、少しずつ預貯金を減らしていけば、子供や孫も喜ぶし、相続税も節税できる、ということで、浩介さんも贈与に賛成しました。

 

ところが、その方法で頭を悩ませました。浩介さんは「子供たちに贈与しても、生活費に消えてしまうのではないか? それでは孫たちの将来の学費に役立てられなくて、我々の思いが届かないな」とぼそり。

 

それを聞いた裕子さん。「じゃ、孫の名前で定期預金を積んでいきましょうよ。子供たちには内緒で積み立てていけばいいじゃない?」

 

1暦年に受贈者1人当たり110万円までは、贈与税がかからない非課税の枠があります。孫1人あたり年間100万円の贈与であれば、非課税の範囲内なので、贈与税の申告や納付もいりません。これなら子供たちに知らせず着々と贈与ができる、と2人の意見はまとまりました。

 

こうして浩介さんは亡くなるまでの10年間、孫1人につき年間100万円ずつ、5人へ合計5,000万円を贈与したのです。

非課税のつもりが、最終的に「2,300万円」もの納税へ

浩介さんが亡くなって2年が経ったころ、税務署から税務調査の連絡がありました。相続人全員に会いたいとのことだったので、裕子さんは自宅に子供たちを呼び、調査官を迎えました。そしてここで、思いがけない指摘を受けることとなったのです。

 

浩介さんの亡くなった時点の財産については、相続税の申告をし、納税も済ませていました。ところが、税務署が銀行などへの事前調査をした結果、浩介さんのメインバンクだったC銀行のX支店内に、浩介さんの孫の口座が5つあることが発覚。しかもこれらの口座残高は、きれいにすべて1,000万円でした。

 

調査官は、集まった長男、長女、次男にこう尋ねました。「C銀行X支店でお子さん方の定期預金をされていますか?」

 

3人とも寝耳に水、とばかりに首を振りました。「知りませんね。C銀行X支店は親父が使っていた銀行でしょ?」「子供たちはまだ口座を持っていませんよ」等々。

 

それを聞いた裕子さんがこう言いました。「ああ、それはね、お父さんが孫たちの学費にと、こっそり贈与してきたものなの。大学にあがるときに渡そうと思って」

 

調査官は言いました。「今お伺いしたところ、これらの定期預金は浩介さんの相続財産に該当するものと思われます」

 

驚く裕子さんに、調査官は「名義預金」の説明をしました。

 

贈与というのは、あげる人ともらう人の意思が合致して初めて成立するものです。浩介さんの贈与の場合は、もらう人が「もらいます」という意思のないままに積み立てられ続けました。贈与税の時効は6年ですが、名義預金の場合、そもそも意思の合致がないため贈与が成立していません。贈与という行為が成立していないため、時効がスタートしないのです。したがって、相続時点で積み上がっていた5,000万円すべてが、名義は孫ですが実質は浩介さんのもの、という「名義預金」に該当するというのです。ゆえに、浩介さんの相続財産の申告漏れということで、修正申告をするよう指摘を受けたのです。

 

調査官が長男、長女、次男に調査に立ち合うよう要請したのは、もらう側が「もらった」ことを認識していたかどうか、これを確認するためだったのです。結果、その存在さえ知らなかったため、贈与が成立していない…こう判断したのです。

 

5,000万円の申告漏れについて修正申告をした結果、追加の本税額は2,000万円となり、過少申告加算税および延滞税を合計すると、なんと2,300万円も納税することとなってしまいました。

贈与を「名義預金」と見なされないために

あげたつもりで、渡し切れていなかった、それが「名義預金」です。

 

浩介さんはいったいどうすればよかったのでしょう?

 

まずは、「こっそり」「内緒で」贈与することはあり得ない、ということを理解してください。贈与というのは、あげる側の思いだけでなく、もらう側の「もらいます」という認識がないと成立しません。ですので、贈与するのであれば、無駄遣いしない対策は別途とるとして、必ず、贈与のたびに贈与契約書を交わしましょう。お互いの意思が合致したことを示す客観的証拠となりますから。

 

現金贈与の契約書はとてもシンプルです。インターネットで調べればいくつも書式例が出てきますので、こういったものを作成して、贈与の都度、贈与者と受贈者とで署名捺印をして、保管しておきましょう。

 

また、贈与するお金は、あげる人の口座からもらう人の通常使っている口座へ移動させましょう。銀行を通じてお金を移動させることで、客観的な痕跡が残せます。そして、贈与されたお金は、もらった人が自由に使えなければ完全に贈与されたことにはなりません。「もらう人の通常使っている口座」という条件は、もらったお金をもらった人の意思で使うことができる状態におくことを意味します。

 

浩介さんと裕子さんの思いは、巨額の追徴課税という手痛すぎる結末を迎えました。こうならないために、まずは贈与を成立させること、と心得てください。

 

 

井口 麻里子

辻・本郷税理士法人

税理士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士

 

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