(※写真はイメージです/PIXTA)

きちんと相続税の申告を済ませたつもりが、把握していない財産やうっかり計上し忘れた財産があった…そんなとき、相続人にはどのような事態が起きるのでしょうか? 本稿では、タンス預金3,000万円をうっかり申告し忘れた八代家の事例をみていきましょう。辻・本郷税理士法人 井口麻里子税理士が解説します。

キャッシュレスの時代でも「タンス預金」は健在

キャッシュレス決済がすっかり日常となった昨今ですが、まとまった現金を自宅に置いている方は結構多いものです。オレオレ詐欺などでご高齢の方が何百万、何千万円と受け子に渡してしまっている事件を、再三、耳にしますよね。

 

今日ご紹介する八代家では、昨年、夫の慎司さん(仮名)が亡くなりました。慎司さんは自宅のタンスに3,000万円を置いてあったのですが、妻の和恵さん(仮名)はうっかりこの3,000万円を慎司さんの相続税申告に入れ忘れてしまったのです。後日行われた税務調査で果たしてどんな追及がなされたのか、八代家の顛末をご紹介してまいりましょう。

相続税申告の後、亡き夫の部屋から見つかったのは…

八代慎司さんは長らく事業を行っていましたが、70歳を機に事業はすべてたたみ、その後は妻の和恵さん(仮名)と悠々自適の生活を楽しんできました。慎司さんの体は丈夫でしたが、昨年の1月、体調不良を訴え救急車で運ばれ、そのわずか4日後に亡くなりました。あまりに突然の別れで、頭も気持ちも追いつかない和恵さんでしたが、混乱した状態にありながらも、税理士と協力してなんとか慎司さんの相続税の申告を済ませました。和恵さんは元来、書類や事務手続きなどが苦手なうえ、初めてのことばかりだったので、申告納税がすべて済んだときは、心底ほっとしました。

 

ようやく落ち着きを取り戻し、少しずつ慎司さんの部屋を片付けようとしたところ、押し入れの中にあるタンスから、紙袋を発見しました。

 

「あ!」

 

和恵さんは思い出しました。そうです。生前の慎司さんは、商売をやっていた習慣か、常にある程度の現金を手許に置いておきたがりました。相続税の申告のための書類を収集していた際に、和恵さんはこの紙袋を見つけていました。そして中に3,000万円の現金が入っていることを発見したのですが、そのときの和恵さんは別のものを探していたため、これを元通りに戻し、それっきり忘れてしまっていたのです。税理士に伝えることもなく、相続税の申告はそのまま済んでしまったのでした。

 

「どうしよう。今さら税理士の先生に言ってもご迷惑になるだけよね。」と考え、それに再び事務手続きなどに関わるのは気が重くて、またもやそのまま元通りにタンスの奥へと戻しました。

税務調査官「慎司さんのお部屋を見せてください」

慎司さんが亡くなってから1年半ほど経った頃、税務署が税務調査へとやってきました。

 

調査当日、午前中は慎司さんについて、過去のことや家族のこと、趣味、交友関係などを中心に聞かれ、思ったより和やかに過ぎました。午後になり、調査官が「慎司さんのお部屋を見せてください」と言い出したので、和恵さんは調査官を2階の部屋まで案内しました。調査官は次々に「これを開けていいですか?」などと尋ねながら引き出しや袋を開けていきました。

 

そして数分後、ついにあの押し入れの中のタンスから紙袋が引っ張り出され、中から3,000万円の現金が出てきたのです。

 

厳しい目の調査官に対し、和恵さんはことの経緯を説明しました。

 

しかし調査官によれば、和恵さんが意図的にこれを申告から外したのではないか? 隠したのではないか?とかなんとか。

 

和恵さんの頭は真っ白になりました。慎司さんの急な死ですっかり頭が混乱し、精神的にも不安定な状態だったとはいえ、二度にわたり、3,000万円をタンスの奥へ押しやったのですから。

税務調査官は「確信」を持って調べに来る

税務署が税務調査に入る際には、前もって入念な下調べをしてからやってきます。特に現預金の漏れについては、税務署は徹底的に注力します。

 

まず、税務署は被相続人の銀行口座や証券口座について、過去の口座の入出金をデータがあるだけ遡って調べます。まとまった金額の出金があり、それを入れた口座がない場合は、不動産や車といった高額なものを購入したり、借りていたお金を返済したり、なにかしらに使ったはずです。ところが、調べてみてもこういった節がない場合があります。

 

また、税務署は被相続人だけでなく、その家族の銀行口座等のデータも調べられる限り調べます。被相続人の口座からある日500万円が引き出されていて、その後息子の口座に500万円の入金が認められたら…? 明らかに両者は紐づけられるでしょう。そして、息子さんから贈与税の申告書も出ておらず、その後の期間に返済を受けた様子もなければ、贈与税の申告漏れか、息子さんに貸したお金かお預けたお金か、ということになります。

 

こうして調べた結果、ある日500万円引き出して、高額なものを購入した形跡もなく、借金を返済したようでもなく、息子の口座へ入ったわけでもなければ…。そう、タンス預金が疑われるのです。

 

それから、税務調査で大活躍しているのが、国税総合管理システム、通称KSKシステムと呼ばれるものです。国税庁や全国の税務署が納税者の申告、納税情報を一元管理するシステムで、これによりその納税者について、どれだけの所得が毎年あって、この年にこれだけの贈与や相続を受け、この年に不動産を売却し、といった情報をすべて把握できることになっているのです。このシステムにより税務署はその被相続人の合理的な金融資産残高を想定し、それより大きくズレた申告がされていれば、家族の口座へ移っているか、自宅のタンスに眠っているか、と考えるのです。

 

ですから、現金なんて黙っていればわからない、という考えは、通用しないのです。

 

八代家の場合、慎司さんが亡くなる前の5年ほどの間に、100万円単位のまとまった金額の引き出しが繰り返され、その合計は3,200万でした。

 

和恵さんや子供たちの銀行口座への移動はなかったため、タンス預金と目星をつけて調査に来たのでした。

タンス預金がバレて課される「ペナルティ」

相続税を意図的に減らそうとしたのではなく、和恵さんのようにうっかり忘れてしまった場合でも、相続税の申告漏れがあった場合には、次のようなペナルティが課されます。

 

■申告漏れに課される「過少申告加算税」

まずは、今回のケースのように申告自体はしたものの、申告に漏れがあった場合は、「過少申告加算税」というペナルティが課されます。追加で納めることとなった税金が50万円までは10%、それを超える分については15%の割合で、追加で納める税金にプラスされます。

 

■納税が遅れるほど増える「延滞税」

さらに過少申告加算税に加え、本来であれば当初の申告期限までに納めるべき税金の支払いが、調査を受けて改めて申告するまでのあいだ遅れていたわけですから、その遅れた期間について「延滞税」という、利息のような税金がかかります。

 

■悪質と判断された場合の「重加算税」

また、相続税を意図的に回避するためにタンス預金を隠したと判断された場合には、非常に悪質である、ということで、「重加算税」という大変重いペナルティが課されます。重加算税になると、追加で納めることとなった税金の35%が過少申告加算税の代わりにプラスされることとなります。さらには、配偶者の税額軽減という大きな特例が使えなくなってしまいます。

八代家の顛末

八代家の場合はどんなペナルティを受けたのか? 幸いにも意図的に隠した、とまでは判断されなかったため重加算税は免れましたが、3,000万円という追加財産に600万円の本税がかかり、過少申告加算税と延滞税も加わって、合計で700万円を超す追徴税額を課されることとなったのです。

 

本件は、すっかり慎司さんの相続は片付いたものとして平穏な生活を取り戻していた八代家に、突如降って沸いた大事件でした。和恵さんは、なんだか慎司さんの人生の終わりにミソをつけてしまったみたいで、また子供たちに申し訳なく、いたたまれない思いで過ごすこととなりました。

 

和恵さんのように、後味の悪い思いをしないように、申告の際には充分に気をつけたいものです。相続税の申告漏れは、このように重いペナルティが課されますから、租税回避はもってのほかですが、くれぐれも「ついうっかり」には気をつけましょう。

 

 

井口 麻里子

辻・本郷税理士法人

税理士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士

 

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