(※写真はイメージです/PIXTA)

事業承継を進める上で、すべてのオーナーにとって考えておきたいのが「自分の気持ちをどう整理するか」という問題です。事業承継によって自分の愛した会社が変わってしまうのではないか、社長と言う肩書きを失った自分はどうなるのかといった不安を抱えるオーナーも少なくないでしょう。ここでは株式会社南星代表取締役社長・宮部康弘氏が、経営者という同じ目線から、社長業に未練を残さず、ポジティブに引退の日を迎えるための気持ちの切り替え方について紹介します。

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事業承継はネガティブなもの?

まず、事業承継に対して後ろ向きなイメージを持っている人もいると思います。会社が人のものになる、後継者に好き勝手される、自分が愛した会社ではなくなる、社長でなくなった自分は何者でもなくなってしまうのでは…そんなふうに思っている人がいたらそれは少し違います。

 

自分が望まぬ後継者に会社を奪われたのならそう思うのは仕方のないことですが、自分が納得して選び、育てた後継者に会社を渡すのですから会社にとっても従業員にとってもベストな選択です。

 

廃業していたら「会社を残したかった」という無念も残りますが、後継者がいてくれることで会社の歴史を残し未来を更新していくことができます。会社というストーリーの第一幕の主役があなたで後継者が主役の第二幕が開くと考えると、どんなストーリーが待っているのか期待を膨らませることができるはずです。

 

実際に社長が世代交代したことで業績が上がることが分かっています。2016年に中小企業庁が公表した『事業承継ガイドライン』を見ると、若い社長ほど会社を成長させたい意欲や投資への意欲が高く、社長交代をした企業では交代していない企業より経常利益率や売上高を向上させています(図表1)。

 

出典:『事業承継ガイドライン』
[図表1]経営者交代による経常利益率の違い 出典:『事業承継ガイドライン』

 

経営者にとって最も重要な仕事の1つが「未来の売上を作っていくこと」です。今の売上を立てることは優秀な右腕に任せることができますが、これから先どうやって売上を立てていくかは経営者にしかできないことです。

 

70歳の経営者が10年先の会社を語ることは難しいでしょう。しかし、後継者がいるということは会社の10年後20年後、さらにその先の未来が描けるということなのです。

 

会社を延命し未来を描くワクワク感を与えてくれるのが、事業承継の最大の恩恵です。

「引退への不安」はライフプランを立てて解消

社長の肩書がなくなったら何者でもなくなってしまうのではないかという不安は、引退後のビジョンが見えていないことに起因します。つまり、引退後の自分を具体化していけば引退が怖くなくなります。

 

引退後のビジョンを描く際にお金の問題は大事です。世界旅行に行く計画を立てても、先立つものがないと絵に描いた餅になってしまいます。

 

今の年齢から平均寿命まで生きたとしてどれくらいの資金が必要かをシミュレーションするシートがあるので、こういうものを活用すると老後資金の目安が分かります。

 

ここでは日本FP協会が提供しているライフプランニングのシートを挙げてあります(図表2)。年齢や家族構成、予定されるライフイベント、収入、毎月の生活費などを入れていくと、必要なお金の増減が見えます。それと照らし合わせて、70歳で引退して夫婦でクルーズ船の世界旅行に行くとすると、現状では貯金残高がゼロになる、だから、それまでにもう少し収入を増やしておきたい、というような計画が立てられます。

 

出典:日本FP協会
[図表2]キャッシュフロー表の書き方 出典:日本FP協会

いつまで現役でいるか?人生を24時間軸で捉えてみる

私自身も経営者なので自分がいつまで現役でいるかということを考えます。そのときに一つの目安にしているのが「人生の時間軸」です。

 

人の一生を24時間として考えた場合に現時点は何時に当たるのか、平均寿命までは何時間残されているのかを見るというものです。

 

生まれたときが午前0時として人生を男性の平均寿命である80年とした場合、私は今49歳なので午後3時にいます。午後3時ならまだ昼間のうちですが、のん気にはしていられません。平均寿命まで元気とは限らないからです。

 

介護なしで自立生活ができる期間(健康寿命)は男性で70歳くらいです。70歳は夜の9時なので、私が元気で活動できるのは実質6時間しかありません。

 

いつまでも健康ではいられないことを実感すると、引退や後継者の準備をそろそろ考え始めないといけないな、という気にさせられます。

 

焦らせるつもりはありませんが、一度24時間軸を書いてみるのもいいかもしれません。

人生のやり残しを作らないための「ライフチャート」

もう一つ私自身もやっていることとして「ライフチャート」があります。生まれたときを基準として、人生の転機を振り返ってその時々の充実度をチャート化していきます。

 

人生の軌跡を可視化することで自己理解を深めることができます(図表3)。

 

[図表3]ライフチャート

 

人生を振り返っていくと、やり残したことやうまく行かずに諦めたことなどが見えてきます。「人は死ぬとき挑戦して失敗したことより、挑戦しなかったことを後悔する」とよく言います。

 

経営者としてやり残したことがあって引退しきれないのであれば、今からでも片付けるべきです。思いを残してはスッキリと引退できません。

 

仕事以外にやってみたかったこと、やり残したことがある場合はそれこそ引退後に取り戻せばいいのです。

「引退後にワクワクできるビジョン」を持つ

事業承継は会社の問題だと言われがちですが、私は社長の人生の問題だと捉えています。

 

現役を引退することで人生がガラリと変わってしまうからです。人生が変わってしまうことへの不安や恐れがあるからこそなかなか引退の踏ん切りがつかないのだと思います。

 

「社長を辞めた後、何をしようか」と想像して何もすることが思い浮かばなければ「暇を持て余すくらいなら仕事していたい」となるのは自然な流れです。

 

逆に引退後にワクワクできるビジョンがあれば、引退の日が楽しみになります。

 

最近は「FIRE族」というのが注目を集めています。FIRE族とは経済的に独立した状態で早めにリタイアする人たちのことです。

 

アメリカでは20代30代で早期リタイアし、働くことに縛られずに生きる人たちが増えているそうです。彼らは株式投資などで収入を絶やさない仕組みを作ったうえで、リタイア後は節約しながら生活をすることで早期リタイアを可能にしています。

 

日本とアメリカとではお金に対するリテラシーや給与体系などが違うので日本でも同じことができるかというと難しいところがありそうですが、早めに現役引退して自分の時間を楽しむという生き方は一部でムーブメントになっているようです。

 

先日も55歳で会社をM&Aで売却した人と仕事でお話しする機会がありました。「こんなに早く会社を売ってしまって、これからどうするんですか?」と尋ねると、「また別の会社をやる」と仰っていました。「お金を稼ぐことより生きがいを大事にしたい」とのことでした。

 

今、高齢者と言われる人たちは働くことが美徳とされた世代を生きてきました。1950年代~70年代の高度経済成長期には「モーレツ社員」や「企業戦士」という言葉も生まれました。

 

真面目にコツコツ働くことが身に沁み込んでいる世代にとって、働かずにいることは罪悪感に繋がることもあるようです。引退後に待っている「毎日が日曜日」はある意味で地獄です。引退後も毎日が日曜日にならないビジョンを何か持つようにしていくことが大事ではないでしょうか。引退した後も経営経験を活かしてアドバイザーとして活躍している人や、ボランティアに精を出す人、趣味を突き詰める人、社会人大学で学び直す人、現役時代にできなかった家族孝行をする人など周りを見れば多くのお手本がいます。

 

80歳90歳でもSNSのインスタグラムを使いこなし、たくさんのフォロワーを多く持つ人がテレビで紹介されていました。車にひかれかけた姿、ゴミ袋に身を包んだ姿などユニークな写真を投稿する90歳のおばあちゃんや若者のストリートファッションを着てコーディネーションを見せるおばあちゃんなど、とても個性的で人生を楽しんでいる様子が羨ましかったです。

 

生き生きと活動されている先輩方に刺激をもらって、読者の皆さんにも更に輝いていただければと思います。私も今の事業の中で、社長たちの引退後の姿や可能性をもっと伝えていく努力をしていきます。

 

 

宮部 康弘

株式会社南星 代表取締役社長

 

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※本連載は、宮部康弘氏の著書『オーナー社長の最強引退術』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

廃業寸前の会社を打ち出の小槌に変える オーナー社長の最強引退術

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宮部 康弘

幻冬舎メディアコンサルティング

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