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経営理念や想いは明文化しておくとブレない
規模の大小を問わず、市場で長く生き残る老舗企業に共通するのは、創業当初からの経営理念や想いが次代にも受け継がれていることです。これに共感を覚えるからこそ、従業員や取引先、消費者に支持され続けることができます。
それ以外にも、従業員の技術や才能、経営ノウハウなど、知的資産が円滑な事業運営や持続性に寄与しているケースは多く、うまく次の世代に引き継ぐことができないと企業の競争力は損なわれ、経営が悪化する可能性があります。
こういった点を踏まえ、現経営者が事業に対する想いや価値観、信条を再確認し、後継者に伝えるプロセスは極めて重要であり、事業承継の本質であると捉えるべきです。そこでお勧めしたいのは、経済産業省WEBページの「知的資産経営ポータル」で取り上げている、「事業価値を高める経営レポート」や「知的資産経営報告書」の活用です。
これは、自社の強みである知的資産をたな卸し・明文化するための様式です。これを作成して、後継者と対話しながら共有することで知的資産の承継が円滑になり、承継後の経営に非常に役に立ちます。
また、自社の強みや価値の源泉を明確にしておくと、事業承継ではなく経営幹部や従業員に対するマネジメント、金融機関との融資相談や営業・提案、採用、事業連携の際に、コミュニケーションツールとして活用することもできます。
事業承継は5~10年かけて行うもの
事業承継は、どれくらいの時間をかけて進めるべきでしょうか。中小企業基盤整備機構の調べによると、後継者の育成に必要な期間を「約5年」「5年~10年」と回答した経営者は全体の半数を超えています。
親族内承継や社内承継の場合、経営の実務だけではなく企業理念・経営方針や従業員・取引先とのコミュニケーションについても学ぶ必要があり、一朝一夕にはいかないからです。将来を見据えて選定・育成しないといけません。
ところが、現実的には「子どもが継いでくれるに違いない」と思い込み、相談をしないまま時間は過ぎ、いざとなって承継の意向がないとわかるなど、コミュニケーション不足が目立つように思います。
社外承継やM&Aも同様で、短期決戦で話をまとめようとすると足元を見られ、自社や現経営者にとって不利な条件をのまざるを得ないケースになりがちです。時間をかけ、会社の価値を高めたうえで実行することが肝心だと思います。
会社の業績がよいときに交渉に入る準備をしておくと、株価が高い状態で売却できる可能性は高く、反対に高齢になり後継者不在が喫緊の課題になったタイミングでは時間的な猶予はあまりなく、買い手優位の交渉になりがちです。少なくとも5年、余裕をもって10年は考えておくべきでしょう。
仮に10年あるとすれば、最初の1~2年で親族内や社内に後継者候補はいるのか、資質はどうなのかを確かめることができ、いないのであれば社外に活路を見出すことができます。急ぐことなくじっくりと相手を探すことができるので、条件面で焦ることは少なくなるに違いありません。
時間に余裕があると、現経営者の身の振り方もじっくり考えることができます。社長交代後は会長職になり会社の面倒を見ながら過ごすのか、それとも完全に引退して悠々自適に暮らすのかなど、後継者候補と相談しながら決めていけばいいでしょう。
なお、実家が会社を営む私の知り合いは、大学を卒業後、都内にある同業の会社で5年ほど修行してから、地方にある実家に戻って数年働いたのちに社長交代というプロセスを踏んでいました。さまざまな経験を積んでから承継したので、本人や周りからしても安心です。現経営者のためではなく、後継者が安心して承継後に経営に取り組むためにも、時間をかけて行いたいものです。