Ⅰ 不正競争防止法(虚偽表示等)の解釈論
執筆者:木目田 裕
製品等の品質不正(検査不正や認証不正を含みます。以下同じ)では、不正競争防止法違反(誤認表示又は虚偽表示)に該当するかどうかが問題となりますが、以下で述べるとおり、品質不正があっても同法違反に該当するとは限りません。
1. 誤認表示及び虚偽表示の意義
商品の品質について「誤認させるような表示」をすること等は「不正競争」に当たり(不正競争防止法2条1項20号※1、不正の目的をもって当該不正競争を行うこと(以下「誤認表示」と言います)に対しては、5年以下の)懲役若しくは500万円以下の罰金が科され、又はこれらが併科されます(同法21条3項1号※2)※3。さらに、両罰規定により、法人には3億円以下の罰金が科されます(同法22条1項3号)。
※1 不正競争防止法2条1項20号は、次のとおり規定しています。
「この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
二十 商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量若しくはその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくはその表示をして役務を提供する行為」
※2 不正競争防止法21条3項1号は、次のとおり規定しています。
「次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の目的をもって第二条第一項第一号又は第二十号に掲げる不正競争を行ったとき。」
※3 不正競争については、民事上の差止請求(不正競争防止法3条)及び損害賠償請求(同法4条)の対象にもなります。
他方、商品の品質について「誤認させるような」「虚偽の表示」を行うこと(以下「虚偽表示」と言います)についても、同様に不正競争防止法違反として処罰されます(同法21条3項5号※4)。法定刑は誤認表示と同じです。単なる誤認表示(誤認させるような表示)にとどまらず、「誤認させるような」かつ「虚偽の」表示であり、表示の虚偽性もあることから処罰の必要性が高く、「不正の目的」(同項1号)がなくても、故意があれば処罰されます※5。
※4 不正競争防止法21条3項5号は、次のとおり規定しています。
「次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
五 商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量又はその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような虚偽の表示をしたとき(第一号に掲げる場合を除く。)。」
※5 経済産業省知的財産政策室編『逐条解説 不正競争防止法〔令和元年7月1日施行版〕』276頁、平野龍一ほか編『注解特別刑法第4巻 経済編〔第二版〕』(青林書院、1991年)Ⅱ不正競争防止法15頁〔小野昌延〕。
誤認表示及び虚偽表示に共通する構成要件要素である「誤認させるような表示」は、「需要者又は取引者にその商品の原産地、品質等を誤って認識させ、又は誤解させるような表示」※6、「表示によって喚起された商品役務の質量等に対する需要者の期待を裏切る表示」※7などと定義されています。
※6 山本庸幸『要説 不正競争防止法〔第4版〕』(発明協会、2006年)207、404頁。
※7 渋谷達紀『不正競争防止法』(発明推進協会、2014年)216頁。
また、「虚偽表示」における「虚偽の表示」は、「その内容が真実に合致しないこと」※8、「事実に相違する表示」※9などと定義されています。
※8 山本・前掲(注6)404頁。
※9 渋谷・前掲(注7)217頁。
誤認表示と虚偽表示の関係について、「『誤認』は、当該表示に接する者に生じる認識・観念が実際・現実と齟齬することを指すのであり、このような『誤認』は多くの場合『虚偽の表示』によって生じる」、「『虚偽の誤認惹起表示』(一号)[筆者注:現行不正競争防止法21条3項5号]と『単なる誤認惹起表示』(三号)[筆者注:現行不正競争防止法21条3項1号]・・・はかなりの範囲において重なり合うことは否定し難いが、この両者がくい違うのは、要するに『虚偽の表示』がなされているとまでは認め難い場合であり、(それ自体としては全く真実であるが)誤解されやすい表現が用いられている場合や曖昧不明確な表現が用いられている場合であろう」※10などと説明されています。
※10 山口厚「不正競争防止法と刑事罰」ジュリスト1005号(1992年)35頁。
2. 具体的な判断基準
(1)誤認させるような表示
「誤認させるような表示」(不正競争防止法2条1項20号、21条3項1号)の意義と、「誤認させるような虚偽の表示」(同法21条3項5号)のうち「誤認させるような・・・表示」の意義は、上記のとおり同様に解されていますが、その具体的な判断基準について、主な文献は、以下のとおり説明しています。
○経済産業省知的財産政策室編『逐条解説 不正競争防止法〔令和元年7月1日施行版〕』146頁
●「『誤認させるような表示』に該当するかどうかは、個別・具体の事案に応じて、当該表示の内容や取引界の実情等、諸般の事情が考慮された上で、取引者・需要者に誤認を生じさせるおそれがあるかどうかという観点から判断される。」
○山本庸幸『要説 不正競争防止法〔第4版〕』(発明協会、2006年)207頁、211頁
●「当該表示の使用方法、態様等諸般の事情に照らし、その取引界の実情を踏まえつつ、平均的な需要者又は取引者の注意力をもって具体的に決すべきものである。」
●「品質や内容を多少でも偽れば直ちに本号[筆者注:現2条20号]の対象と考えるのではなく、たとえ商慣行や商売上の駆け引きなどによって結果的に一部の者に誤認を惹起させてしまうようなものであっても、社会的に許容される範囲内のものがあると考えられるが、そのようなものについては、本号の対象とはならないものと解される。」
○豊崎光衞ほか『特別法コンメンタール 不正競争防止法』(第一法規出版、1982年)250-252頁〔渋谷達紀〕
●「表示自体の誤認性を判断するに際して基準とすべきは、取引関係者の通念である。取引関係者の通念上、表示の意味が事実と異なって理解されるおそれがあるときは、その表示は誤認的である。表示の文理上の意味はさして重要ではなく、また、広告者自身の理解や意図も基準にならない。」
●「宣伝・広告が全然虚偽・誇張を含まず、完全に中立的であるとは誰も考えていないはずであるから、その先入見をもって広告に接すれば、それなりに正しい商品知識が得られるものといわなければならない。また、公益的見地からすれば、多少の誇張を伴った宣伝・広告により消費をプロモートすることは、経済全体の発展にとって好ましくさえある。」
●「表示の誤認性は、平均的注意力を有する取引関係者の相当部分が誤認に陥るおそれがあるか否かを基準として決するほかはない。取引関係者の平均的注意力は、商品の種類ごとに、その水準が異なる。・・・日用品の消費者は、公告を無批判に読む傾向があるから、注意力は一般に低くならざるをえない。注意力の高低は、取引関係者の属する階層によっても異なる。専門家の注意力は、一般消費者のそれよりも高い。」
○渋谷達紀『不正競争防止法』(発明推進協会、2014年)218頁-219頁
●「誤認的表示であるか否かは、需要者の取引通念を基準として判断する。商品役務が異なれば、需要者も異なり、需要者が異なれば、その取引通念も異なる。…需要者には、一般消費者および事業者としての需要者がある。」
●「取引通念に照らして需要者の期待を裏切ることのない表示は、誤認的表示ではない。」
○髙部眞規子『実務詳説 不正競争訴訟』(金融財政事情研究会、2020年)326頁、328頁
●「商品や役務の需要者が当該表示に対してどのような理解をするかを認定し、その理解が品質等についてのものか、誤認させるようなものか、といった判断をすることになる。」
●「誤認表示とは、商品に誤認を招くような表示をすることにより、その表示を信じた需要者の需要を不当に喚起するような表示であることを要する。」
○大阪弁護士会友新会編『最新 不正競争関係判例と実務〔第3版〕』(民事法研究会、2016年)69頁
●「表示の内容が客観的な事実と相違しているとしても、それが取引者または需要者にとって当該商品の選択や購入動機とならない場合には、品質誤認表示に該当しないこともある。」
○松村信夫=永田貴久「品質等表示における誤認性の判断基準」知財管理65巻5号(2015年)662頁※11
※11 後掲東京地判平成26年5月16日の評釈論文。
●「『誤認させる表示に該当するか否か』は、当該表示に係る品質等が商品や役務の属性として重要なものであるか否かという観点だけでなく、需要者が当該表示に係る品質等を商品や役務を選択する際に重視するか否か、表示された品質等が当該商品や役務を提供する事業者にとって顧客獲得のために重要な競争手段として作用しているか否かという種々の観点から総合的な評価が必要となる。」、「この点に関して、諸説はこのことを自明の前提としているように思われる。」
(2)虚偽の表示
「誤認させるような虚偽の表示」(不正競争防止法21条3項5号)のうち、「虚偽の表示」の具体的な判断基準について、主な文献は、以下のとおり説明しています。
○平野龍一ほか編『注解特別刑法第4巻 経済編〔第二版〕』(青林書院、1991年)Ⅱ不正競争防止法16頁〔小野昌延〕
●「一般に虚偽は誤認を生ぜしめ、また逆に誤認は通常虚偽によって惹起されることが多い。しかし、厳密にいえば虚偽は必ず誤認を惹起するものとは限らない。また、誤認を生ぜしめる手段はすべて虚偽であるとは限らない。例えば、誇大表示、暗示などによっても充分誤認は惹起される。問題は虚偽と誇大の限界である。明白なる虚偽の場合には、この問題はない。ところが、虚偽という概念も一義的なものではなく相対的な概念であって、コミュニケーションの場、その受け手、送り手、メディアその他、表示全体から総合的に社会通念によって判断しなければ、虚偽であるか否か判断できない場合も多い。そして、その基準は社会の表示に対する感覚の変化とともに変動するのである。個々の表示が科学的・論理的に事実に合致しなくても、全体的に虚偽でないことがある(例えば、広告は本来誇張性を有する。しかし、社会全体としては広告は科学的なもの・正確なもの・説明的なものを指向すべきものとされている。いわゆる品質表示広告・・・の方向を指向すべきであるというのがそれである)。逆に、形式的に考えると、表面的には虚偽といえない表示のなかに、表示の前後やその用い方など全体的として判断すれば虚偽表示であると認定しうる場合もある。」
○小野昌延編『新・注解 不正競争防止法〔第3版〕(下巻)』(青林書院、2012年)1366頁〔佐久間修〕
●「例えば、誇大表示や暗示的方法によっても誤認することがあるため、こうした虚偽表示と誇大表示などの境界線が問題となる。その際、明らかに虚偽といえる場合は別として、虚偽の概念それ自体が相対的な要素を含んでいる以上、当事者間の会話や交渉過程に加えて、周囲の状況や送り手が用いた情報媒体の種類などから、総合的に判断するほかはない。しかも、虚偽であるか否かの基準は、現実社会における一般国民の意識や取引の慣習によっても変化しうる。例えば、科学的には当該表示が真実と合致しない場合にも、全体をみれば虚偽表示にあたらない例があり、およそ広告という手段それ自体が、本来的に事実を誇張する側面を有している。他方、同じく広告であっても、品質表示などでは、可能な限り正確な情報を提供するべきであり、特に受け手の誤解を招きやすい場合には、あえてマイナス情報の開示が求められることもある(具体的には、喫煙などによる健康危害の表示など)。」
○豊崎光衞ほか『特別法コンメンタール 不正競争防止法』(第一法規出版、1982年)353頁〔松尾和子〕
●「虚偽であるか否かは、不正競争防止法の趣旨にもとづき、社会通念に従い判断することになる。たとえば、広告にはしばしば誇張を伴うが、社会通念上許される限度を超えれば、誤認を生じさせるだけではなく虚偽となる場合もありうる。逆に、一般に許容される程度の誇張であれば、真実に反しても、誤認は生じない。これに対し、真実に合致していても、表示の仕方が適切を欠き、あるいは、説明を欠く等のため誤認を惹起することもある。いずれの場合であっても、表示を全体として判断することになる。」
(3)主な関連裁判例
主な関連裁判例には、以下のものがあります。
○大阪高判平成19年10月2日判タ1258号310頁(ピーターラビット事件)
●ピーターラビットの絵柄を使用したタオルに、著作権が消滅しているものの未だ原画の著作権が存続しているかのような表示(Ⓒ表示)を使用する場合における「誤認させるような表示」の該当性が争われた事案。
●「『商品』の『品質』・『内容』を『誤認させる』表示をしたか否かは、当該具体的商品の具体的内容を前提に具体的に品質、内容を検討した上で決せられる事柄であり、そのような具体的検討もなく、被告表示が一般的、抽象的に『商品』の『品質』・『内容』を誤認させるとすることはできない。」
●「例えばタオルという商品であれば、消費者等の需要者は、タオルの素材となる繊維の種類、配合割合、肌触り、仕上がり具合等を当該商品の典型的選択基準とすると考えられるところ、タオルの種類、性格等によっては当該タオルの絵柄そのものが選択基準となる場合もあり、当該タオルの種類、性格の如何により、当該絵柄が著作権の保護を受ける著作物であるか否かが選択基準となることも生じ、要は具体的個々の商品につき個々に結論が異なる可能性がある」
○東京地判平成26年5月16日(LLI/DB判例番号L06930199)
●「不競法2条1項13号[注:現行不正競争防止法2条1項20号]は、事業者が商品等の品質、内容等につき誤認を与えるような表示を行うことで、需要者の需要が不当に喚起され、公正な競争秩序が阻害されることとなることを防止するため、商品等にその品質、内容等について誤認させるような表示をする行為等を不正競争と定め、禁ずるものである。
同号の上記趣旨に照らせば、ある表示が同号所定の『その商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量…について誤認させるような表示』(品質等誤認表示)に該当するか否かについては、当該事案における表示の内容や取引の実情等の諸般の事情を考慮した上で、当該商品の取引者、需要者に商品の品質、内容等につき誤認を生じさせるおそれがあるか否かという観点で判断するのが相当である。」
○知財高判平成22年3月29日についての判タ1335号255頁の囲み解説
●塗料メーカーが、取引先におけるコーティング加工後に仕様書記載の要求特性を満たすように混合・調整した塗料について、調整前の塗料の名称を付したまま、取引先に販売していた場合における「誤認させるような表示」の該当性が争われた事案。
●「不正競争防止法2条1項13号[筆者注:現行不正競争防止法2条1項20号]の品質等を誤認させる表示に該当するかどうかを検討するに当たっては、商品等が想定する需要者における品質等の誤認のおそれを問題とすることになる。多くの事例では、一般的な需要者が想定され、具体的な表示との関係で誤認のおそれの有無が検討されるが、本件で問題となったのは、特殊な技術を要するコーティング加工に用いる塗料である。
原告会社は特定の取引先との間の長期間にわたる継続的な取引を行ってきており、そこでは加工の前に塗料について事前の調整を行うことが当然の前提となっていたところ、原告会社から独立した者が経営する被告会社が同種の取引を行っているという状況を踏まえると、被告会社に対して取引先が求める内容について、取引先に誤解を生ぜしめる可能性は極めて低いということができる。さらに、取引先においても最終的に取引を継続するためには、加工後の部品が所望の特性を満たすかどうかが重要なポイントとなるのであり、不十分であれば、ノウハウに属する調整技術の改善を求めるのが通常であると考えられる。
被告会社が調整後の塗料に取引先の仕様書に記載された塗料の名称を表示したのは、仕様書の形式的な事項に適合するようにしたものと考えられるが、この点を厳密にとらえれば、表示と商品である塗料が完全に合致するものではないという意味で表示の齟齬が存在する。
しかしながら、本判決は、上記のような事情を考慮して、需要者である限られた取引先に誤認のおそれはないと判断したものである。」
(4)小括
「誤認させるような表示」(誤認表示)や「誤認させるような虚偽の表示」(虚偽表示)の意義については、以上の文献等に見られるとおり、表示と実態に齟齬があるからといって、あるいは科学的・論理的には事実に合致しないからといって、それだけで直ちに「誤認させるような表示」や「誤認させるような虚偽の表示」に該当するとされているわけではありません※12。
※12 虚偽表示における「誤認させるような」と「虚偽」の各文言について、煩瑣や重複を避けるため、本稿では両者を厳密に区分けしないで一括して論じる場合があります。
主な文献や裁判例は、これらの概念について、相対的・総合的なものであり、受け手・送り手、当事者間の会話・交渉過程、周囲の状況、情報媒体その他を含め、社会通念によって判断されると解しているものと思われます。表現振りは様々ですが、総じていえば、①商品の属性として重要なものであるか、②需要者が選択する際に重視するか、③事業者にとって顧客獲得のために重要な競争手段か等といった観点から、社会通念に照らして総合判断することになると考えられます。
上記文献や裁判例から更に具体化すれば、次のとおりです。
●商慣行や商売上の駆け引き、多少の誇張等は許容されており、問題の表示によって、結果的に一部の者に誤認が生じたからといって、社会通念上許容される範囲内であれば、「誤認させるような表示」や「誤認させるような虚偽の表示」に当たらない。
●問題の表示が、需要者の需要を不当に喚起したり、需要者にとって表示が選択基準や購入動機となるものでない場合には、「誤認させるような表示」や「誤認させるような虚偽の表示」に当たらない。
●問題の商品の需要者が一般消費者か、専門知識を有する事業者かによって、「誤認」の判断基準は異なる。表示の文理上の意味はさして重要ではなく、仕様書の記載と異なっていても、需要者との共通理解や需要者における受入検査等を前提とすれば誤認のおそれはないといえる場合には、「誤認させるような表示」や「誤認させるような虚偽の表示」に当たらない。
3. 規格や認証との不整合
品質不正事案では、しばしば、規格や認証に登録したものとは異なる部品が使用されたり、登録されたものとは異なる製造方法で生産されたケースなどが問題になります。このような規格・認証との不整合があったとしても、必ずしも誤認表示や虚偽表示には該当しません※13。その理由は次のとおりです。
※13 別途、規格・認証の付与機関や審査機関等との間で民事上の責任が発生したり、産業標準化法(JIS法)などの法令上の規格については、当該根拠法令違反が問題になることはあります。
まず、たとえ不正に取得された規格・認証であろうと、製品の販売等の当時、当該規格・認証を取得していたことそれ自体は事実ですから、当該規格・認証を取得している旨の販売等の当時の表示は、製品に当該規格・認証という外形に沿う実態が存していない等といった特別な事情がない限り、客観的な事実としては「虚偽」とはいえないと考えられます。この点で虚偽表示に該当しません。
次に「誤認させるような」表示の点ですが、製品の性能それ自体が、規格・認証において要求されている性能をほぼ充足しているものであった場合や、規格・認証と異なる部品使用や異なる製造方法等に起因した不具合が発生していない場合などは、規格・認証を取得している旨の表示を顧客が目にすることで、顧客が認識・期待する品質等を備えていなかったとはいえないと思われます。つまり、当該規格・認証を得ている旨の表示は、かかる表示が顧客が認識・期待する品質等について「誤認させるような」表示であったとは認められないということです。
特に、B to Bの製品ですと、通常、顧客(需要者)は、専門知識のある事業者であって、自ら検査を行って当該製品の品質等を確認した上で調達・使用していたわけですから、規格・認証ありとの表示から認識・期待する品質等につき、顧客において、誤認が生じていたとも、そのおそれがあったとも認められないことが多いであろうと思われます。
以上から、使用部品や製造方法等の点で規格・認証との不整合があったとしても、誤認表示や虚偽表示に該当するとは限りません。
なお、最決昭和53年3月22日刑集32巻2号316頁との関係については、次のとおりです。
同決定は、「級別の審査・認定を受けなかつたため酒税法上清酒二級とされた商品であるびん詰の清酒に清酒特級の表示証を貼付する行為は、たとえその清酒の品質が実質的に清酒特級に劣らない優良のものであっても、不正競争防止法五条一号[筆者注:現行不正競争防止法21条3項5号]違反の罪を構成すると解すべき」と判示しています。
同決定は、客観的に清酒特級の審査・認定を受けていなかった事案であり、客観的事実として規格や認証を取得していたケースとは事実関係を異にします※14。
※14 大阪地判平成24年9月13日判時2182号129頁も、電気用品安全法所定の検査を受けた電気用品にのみ付すことを許されているPSE表示を、同検査を受けてすらいない電子ブレーカに付したことが「誤認させるような表示」に該当すると判示していますが、同判決も、客観的事実として規格や認証を取得していなかった事案についてのものです。
同決定では、被告人が清酒特級の審査・認定を受けていなかったのに清酒特級の表示を行ったことが「誤認させるような虚偽の表示」とされたものです。清酒特級の表示の審査・認定を受けたという事実それ自体がなかった以上、品質が優良であろうが何であろうが、それに関わりなく、清酒特級の表示をすることは、それ自体で直ちに虚偽ないし偽り(マイルドにいえば「誤認させるようなもの」)であったわけです。
だから、同決定では、品質が優良である旨の被告人の主張が認められたとしても不正競争防止法違反の成立に影響を与えないとされたのであって、同決定は規格・認証の不整合の事案には当てはまりません。
また、実質的な観点から考えても、次のとおりです。
同決定では、需要者が一般消費者であって、顧客において商品の検査等を行うことも想定されていなかったこと、酒類級別制度は、実際の品質の優劣はともかくとして、一般消費者にとって、清酒の品質の優劣を測る尺度として機能していたこと、権威ある団体による品質の審査・保証を受けたことがないのに、これがあるように装ったものであり、手段の不公正さにおいて、品質そのものを偽る場合と遜色がないことも※15、「誤認させるような虚偽の表示」と認定され得る事情でした。
※15 反町宏「判解」最判解刑事篇昭和53年度111頁参照。
これに対し、規格・認証の不整合のケースでは、具体的な事実関係次第ですが、例えば、専門知識のある事業者が顧客であって、調達・使用時に検査等も行っており、実際に顧客に販売された製品の品質等も規格・認証を取得している旨の表示から認識・期待されるものとあまり相違しないものであった上、実際にそうした規格・認証も取得をした事実自体はあるとなれば、同決定の事案と比較しても、品質等について誤認やそのおそれは認められないと考えてよいと思われます。
4. 検査や試験の不実施・結果改ざん
規格・認証や顧客仕様で要求されている検査や試験について、その一部を実施していないにもかかわらず、実施したかのように装った検査や、試験の成績書を捏造するなどの品質不正もよくあります。これも、契約違反として民事責任等が問題になり得ることは別論として、必ずしも誤認表示や虚偽表示に該当しません。
検査や試験は、通常、性能等を確保するための手段です。具体的な事実関係次第ですが、取引の実態として、顧客が重視していたのは製品の性能そのものであり、製造過程においてどのような試験を実施しているかは顧客はあまり重視していなかったという事案もあり得ます。
特に、顧客が専門知識を有する事業者であり、調達時に自ら必要な検査等を行い、事後的に不具合が判明すれば納入業者等において補修等で対応することとされていた場合などは、一層、顧客にとって、検査や試験の成績書上の表示それ自体はあまり重要でなかったと認められる場合が多くなると思われます。
このように、取引の実態として、顧客が重視していたのは製品の性能そのものであり、試験や検査は性能を確認する手段として二次的なものに過ぎなかったという場合において、いずれの製品でも、規格・認証や顧客仕様が要求する性能をほぼ充足していたのであれば、検査成績書の記載が虚偽であっても、顧客に対して表示した製品の品質についてまで「虚偽の」表示をしたとはいえないというケースが少なくないと思われます。あるいは、検査成績書の記載も表示に含まれ得る以上は、「虚偽の」表示性があったと解するにせよ、これらの事情に照らせば、顧客をして品質等について「誤認させるような」表示をしたとまでは認められないことが多いと考えられます。
5. 結語
不正競争防止法の虚偽表示等の解釈論については以上のとおりですが、品質不正があっても虚偽表示等に該当しないとする理由の中で、最大の理由は、往々にして、「性能に実質的に問題ない」に帰着してしまいがちです。それと裏腹の関係として、だからこそ、大手製造業等の品質不正では、しばしば、「性能に実質的に問題ない」という正当化が生じて、それが品質不正の発生や長期間継続の要因になります。別稿でも何度か論じている点ですが、不正競争防止法の法解釈は法解釈として、それとは別に、企業としては、役職員による「性能に実質的に問題ない」との正当化に焦点を当てて対策を講じていかなければ、品質不正の防止や早期発見は困難です。
Ⅱ 米国司法省による企業内部告発者に報奨金を支払うパイロット・プログラムの運用開始
執筆者:宮本 聡、安部 立飛
1 はじめに
米国司法省(United States Department of Justice)は、2024年8月1日、企業内部告発者に報奨金を支払う本パイロット・プログラム(Corporate Whistleblower Awards Pilot Program。以下「本パイロット・プログラム」といいます。)の運用の開始を正式に発表しました。本パイロット・プログラムは、今後3年間にわたり、米国司法省が、自身が所属する企業が関与する特定の企業犯罪に関して有用な情報を提供する内部告発者に対して、金銭的な報奨を与えることを認める取組みです※16。
※16 Criminal Division | Criminal Division Corporate Whistleblower Awards Pilot Program
米国司法省は、本パイロット・プログラムの設計と実施状況を定期的に評価し、3年間のパイロット期間が終了した時点で、本プログラムの期間を延長するか又は何らかの点で変更するかを決定することとなっています。
本稿では、従前の経緯や関連制度、本パイロット・プログラムの概要を説明した上で、これが日本企業に与える影響についてコメントします。
2 経緯・関連制度
従前より、米国では、犯罪の行為者(被疑者・被告人)の捜査協力等を引き出すための制度・方法が多数設けられていました。その最たる例が、捜査協力合意(Agreements for Cooperation)であり(我が国では「捜査協力型の司法取引」と表現されることがあります。)、米国では連邦・州いずれのレベルでも採用されています※17。
※17 我が国でも2018年に協議・合意制度(刑事訴訟法350条の2以下)が導入されていますが、その設計に当たり米国の捜査協力合意が参考にされています。
また、得られた証言を証人本人の訴追のために使用しない代わりに、自己負罪拒否特権を証人から強制的に剥奪する訴追免責(Immunity from Prosecution)もまた米国で広く採用されています。もっとも、これらの制度の多くは刑事当局(主に検察官)からの積極的な働きかけを前提とするものであり、被疑者・被告人においてイニシアチブを有するものではありませんでした。
一応、捜査協力合意については被疑者・被告人サイドから取引を持ち掛ける余地はありますが、取引は必ずしも成立するものではなく、仮に成立しなかった場合には交渉の過程で提供した情報や資料が自身の訴追のために利用されるリスクもあります(この点は実際我が国の協議・合意制度の導入に当たっても重要な検討事項となっていました。)。
そこで、米国政府は、自己又は他者の犯罪に関する証拠を有する者に対して、その自主的な協力を促すための諸施策を打ち出しています。その一例が、量刑ガイドライン(United States Sentencing Guidelines: USSG)※18です。量刑ガイドラインは、量刑の不均衡を解消することを目的として裁判所における量刑の目安を定めるものであり、犯罪の自主申告を量刑を減らす要素として明記しています※19。
※18 USSG § 8C2.5(g).
※19 組織に対する量刑ガイドラインでは、犯罪が未だ政局に露見していない状況において、組織が自身の犯罪に気づいてから合理的に見て迅速といえる期間内に、当該犯罪を適切な当局に報告し、捜査に全面的に協力し、そして、その犯罪行為に対する責任の認識と積極的な受諾を明確に示した場合には、大きな減点(-5ポイント)を受け、また、犯罪が当局に露見した後であっても、組織が捜査に全面的に協力し、その犯罪行為に対する責任の認識と積極的な受諾を明確に示した場合には、相応の減点(-2ポイント)を受けるとされています。
なお、量刑ガイドラインを策定する米国量刑委員会(United States Sentencing Commission)が2022年に発表した統計では、組織犯罪者の54.6%は、捜査に全面的に協力し、犯罪行為に対する責任の認容を示したことで、2ポイントの減点を受けた一方で、全面的な協力と責任の認容に加えて、当局の捜査前に適切な当局に犯罪を報告したことで5ポイントの減点を受けた者はわずか1.5%にとどまり※20、早期に犯罪を当局に報告等することの難しさがうかがえます。
また、米国政府は、2017年に、海外腐敗行為防止法(Foreign Corrupt Practices Act:FCPA)に関連する自主申告についての優遇的取扱い(不起訴の推定(Presumption of a Declination)等)を定める「FCPA企業取締指針(FCPA Corporate Enforcement Policy)」を導入し※21、その後2023年1月に、同指針の適用範囲をFCPA以外の企業犯罪(米国司法省刑事局によって取り扱われる全ての企業犯罪)に拡大しました(その際、タイトルを「企業取締及び任意自主申告についての指針(Enforcement and Voluntary Self-Disclosure Policy)」に刷新しています。)※22。さらに、米国政府は、2023年10月に、「M&Aに伴う任意自主申告のためのセーフ・ハーバー指針(Safe Harbor Policy for Voluntary Self-Disclosures Made in Connection with Mergers and Acquisitions)」※23を発表し、買収時のデュー・ディリジェンスを通じて発見した対象会社の不正行為を自主的に当局に申告することを奨励しています※24。
※21 元々1年間のパイロット・プログラムとして2016年4月に導入されたものであり、その成果が認められたことから、本採用されるに至っています。
※22 Criminal Division | Corporate Enforcement and Voluntary Self-Disclosure Policy
※24 M&Aに伴う任意自主申告のためのセーフ・ハーバー指針につきましては、危機管理ニューズレター2023年11月30日号もご参照ください。
加えて、米国司法省は、本年4月、「個人向け任意自主申告パイロット・プログラム(Voluntary Self-Disclosures Pilot Program for Individuals)」を発表しました※25。同パイロット・プログラムは、個人が自身の関与した企業犯罪(特定のものに限られます。)に関する情報を当局に対して自主的に報告して捜査への積極的協力を行うこと、それによって得た個人的利得の没収・放棄又は被害者への返還に合意することといった要件を充たした場合に、検察官による不起訴合意(Non-Prosecution Agreement:NPA)を得る資格を与えることを定めるものです。同パイロット・プログラムは、従前捜査協力合意の一環として行われてきたNPAの条件を明らかにし、個人の自主申告における予見可能性と確実性を提供するものといえます。
本稿の冒頭に紹介した本パイロット・プログラムもまた、上記の諸施策と同様に、自己又は他者の犯罪に関する証拠を有する者に自主的な協力を促すものですが、異なるのは、その動機付けです。上記は主として刑の減免又は不訴追が動機付けとなっていましたが、本パイロット・プログラムでは金銭的な報酬(報奨金)が動機付けとなっています。
これまでにも、内部告発者に報酬を与える類似の制度は設けられており、例えば、米国証券取引委員会(United States Securities and Exchange Commission:SEC)が運用する内部告発者プログラムでは、100万ドルを超える制裁を課すことにつながる質の高い独自の情報を提供した有資格者に対して、SECが徴収した金額の10%から30%を報酬として支給することが認められています※26。
※26 SEC | Whistleblower Program
本パイロット・プログラムは、こうした従来の内部告発者プログラムを参考にしつつ、米国司法省が管轄する企業犯罪の中で特に重要と判断されるものをターゲットにするものとなっています。以下では、本パイロット・プログラムの概要を説明します。
3 本パイロット・プログラムの概要
個人(告発者)は、以下の要件を充たした場合、没収に成功した資産の一定割合※27を報酬として受け取る資格を取得します。
※27 種々の考慮要素によって増額又は減額されますが、最大でも500万米ドルを超えることはありません。
(1)告発者が欠格事由に該当しないこと
(2)告発対象が特定の対象分野に属する企業犯罪に該当するものであること
(3)情報が独自のものであること
(4)告発が任意に基づくものであること
(5)情報が真実かつ完全なものであること
(6)捜査に積極的に協力すること
(7)告発が100万ドルを超える制裁を課すことにつながること
(1)欠格事由
個人は、以下の欠格事由に該当しない限り、単独又は他の者と共同で、本パイロット・プログラムを利用することができます。
(A)企業又は他の種類の事業体である(すなわち、個人でない)場合
(B)同じ事案を他の内部告発者報酬制度(SECの内部告発者プログラムを含む。)を利用して告発した場合に報酬を得る資格がある場合
(C)米国司法省その他の法執行機関の役人、職員若しくは契約相手、それらの配偶者、親、子若しくは兄弟姉妹、又は、それらの同居者である場合
(D)選出又は任命された外国政府の役人である場合
(E)告発された犯罪活動について、指示、計画、開始、又は、故意に利益を得るなど、実質的に参加している場合
(F)米国司法省又は他の当局に対する内部告発において、故意かつ意図的に、虚偽、架空又は欺罔的な陳述又は表明を行ったり、重大又は重要な情報を隠匿したりするなどの捜査妨害行為を行う場合(そのような捜査妨害行為を過去に行った場合も含む。)
(G)上記(C)から(F)に該当する欠格者から情報を得た場合、又は、本パイロット・プログラムにおける何らかの規定を回避する意図をもって他者から情報を得た場合
(H)本パイロット・プログラムの発効日前に米国司法省に情報を提供した場合
(2)対象分野
告発対象は、以下のいずれかの対象分野に属する企業犯罪でなければなりません。
(A)金融機関、その内部者又は代理人による犯罪(マネー・ロンダリング関連の法令違反、送金業登録の懈怠、詐欺防止法違反、金融機関規制当局に対する詐欺又は不服従を含む。)
(B)海外での汚職・贈収賄に関する犯罪(FCPA違反、海外恐喝防止法(Foreign Extortion Prevention Act:FEPA)違反※28、マネー・ロンダリング法違反を含む。)
※28 FEPAについては、危機管理ニューズレター2024年1月31日号もご参照ください。
(C)企業による米国内の公務員への贈賄やキックバック等
(D)ヘルスケア関連の連邦犯罪(連邦偽請求法(Federal False Claims Act)が対象としていない連邦医療犯罪等)
(3)情報の独自性
告発内容を構成する情報は、独自の情報(Original Information)でなければなりません。
この点、本パイロット・プログラムでは、独自の情報とはみなされない例外が多く定められており、例えば、弁護士依頼者秘匿特権(Attorney-Client Privilege)の対象となるコミュニケーションを通じて情報を入手した場合(ただし、弁護士による情報の開示が、その弁護士の所属する州の法曹倫理規則が定める例外に従って許可される場合を除く。)、当該情報が司法又は行政の審問、政府の報告書等でなされた申立てにすべて含まれている場合、役員やコンプライアンス又は内部監査の責任を主な職務とする従業員等が社内のプロセスやその職務を通じて当該情報を知った場合などは、告発内容を構成する独自の情報とは認められません。
(4)告発の任意性
告発は、米国司法省その他の連邦法執行機関又は民事執行機関の捜査に関連して当局から要請等を受ける前に行われなければならず、かつ、情報開示の差し迫った脅威に先行しなければなりません。ただし、個人が、米国司法省からの要請等を受ける前に自発的に情報を雇用主に報告していた場合においては、当該雇用主への報告から120日以内に同省の要請等に応じたときには、その告発は依然として自発的なものとして認められます。
なお、刑事訴追又は民事執行措置に関連する合意に従って個人が情報を開示する既存の義務が存在する場合には、告発の任意性は否定されます。
(5)情報の真実性及び完全性
提供される情報は、真実かつ完全なものでなければなりません。すなわち、犯罪活動における自身の役割を含む、犯罪活動に関連する、自身が知っているすべての情報を提供しなければならず、また、米国司法省が照会した場合にはこれに回答しなければなりません。なお、自身が犯罪活動に関与しているにもかかわらず、その犯罪活動における役割について虚偽を述べたり、隠蔽したり、誤解を招いたりした場合、提供された情報は真実かつ完全なものとはみなされません。
(6)捜査への積極的な協力
個人は、告発の対象となる行為の捜査や刑事又民事上の手続きにおいて、米国司法省に協力しなければなりません。これには、事情聴取、大陪審での証言、裁判、その他の訴訟手続において、真実かつ完全な証言と証拠を提供すること、同省から要請があった場合には、文書、記録、その他の証拠を提出すること、並びに、米国法執行官及び捜査官の指示に従って積極的に行動することが含まれます。
(7)100万ドル超の制裁
告発の結果、米国司法省において100万ドルを超える制裁を課すことに成功する必要があります。「成功」とは、同省が資産の没収の最終命令若しくは民事判決又は没収の行政宣言を取得し、当該資産が資産没収基金(Assets Forfeiture Fund)にデポジットされた場合を意味します。
4 本パイロット・プログラムが日本企業に与える影響
本パイロット・プログラム自体は、個人を対象とするものであり、企業が利用することはできません。本パイロット・プログラムを利用して米国司法省への内部告発を行う従業員が増えると、企業が米国司法省等に対して自主申告を行う機会が奪われることになりかねません。企業としては、個人(従業員)が企業の関与した不正を内部通報窓口を含む企業内部に申告しやすくなる仕組みや環境を整備するとともに、平時からのコンプライアンスリスクの洗い出しや調査(内部監査等)を実施する必要性が更に高まったといえます。
なお、米国司法省は、本パイロット・プログラムの導入に当たり、企業取締及び任意自主申告についての指針を暫定的に改訂しています※29。これによれば、個人(従業員)が、その所属する企業が関与する犯罪行為について内部通報を行った上で、最終的に本パイロット・プログラムに基づき米国司法省に告発した場合であっても、当該企業が当該内部通報を受けてから120日以内に自主申告したときには、同指針のその他の要件を充たす限り、不起訴の推定を受けることができることになりました。これはいわば個人(従業員)と企業による当局への自主申告の競争(利害対立)の緩和を図るものですが、言い換えれば、企業は、内部通報を受けてから
120日以内に事実確認等の調査を行い、米国司法省に自主申告するかどうかを決定する必要があることになります。120日間という期間は、案件の内容や規模にもよりますが、一般的に見てそれほど余裕のあるものではありません。そのため、企業としては、平時から、内部通報を受けた後に迅速に調査等が行える仕組みや、弁護士等との協力体制の構築等を行っておく必要があります。
Ⅲ 最近の危機管理・コンプライアンスに係るトピックについて
執筆者:木目田 裕、宮本 聡、西田 朝輝、澤井 雅登、寺西 美由輝
危機管理又はコンプライアンスの観点から、重要と思われるトピックを以下のとおり取りまとめましたので、ご参照ください。
なお、個別の案件につきましては、当事務所が関与しているものもありますため、一切掲載を控えさせていただいております。
【2024年8月28日】
個人情報保護委員会における監視・監督権限の行使状況及び漏えい等報告の処理状況に関する四半期ごとの公表
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/supervision/
個人情報保護委員会は、2024年8月28日、令和6年度第1四半期の「監視・監督権限の行使状況の概要」及び「漏えい等報告の処理状況」を公表しました。従前、個人情報保護委員会は、指導等の権限を行使した事案のうち、事案の重大性や類似事案の発生抑制の観点、国民への情報提供の必要性などの観点から、一部の事案を公表していましたが、事業者及び行政機関等における適正な個人情報の取扱いの参考などのため、監視・監督活動に関する公表内容を拡充したものです。
今回公表された内容によれば、令和6年度第1四半期の漏えい等報告の処理件数は、個人情報4549件と、令和5年度の四半期換算数※30 3320件を上回っており、報告の理由は、要配慮個人情報を含む個人データ等の漏えい等が生じたことによるものが2159件(52.4%)と最も多くなっている(これらの大半は病院や薬局における書類の誤送付)とのことです。
※30 令和5年度の件数を4で除したもの。
また、令和6年度第1四半期における、個人情報保護法に基づく指導・助言の件数は142件(うち民間事業者は110件)であり、民間事業者の事案については、不正アクセスによる漏えい等の原因として、①VPN(Virtual Private Network)機器の脆弱性やECサイトを構築するためのアプリケーション等の脆弱性が公開され対応方法がリリースされていたにもかかわらず、事業者が放置していたこと、②ID・パスワードが容易に推測されやすいものとされていたこと、③設定ミスによりデータベースへのアクセス制御が不適切な状態になっていたことや、ファイアウォールが解除されていたことなど、安全管理措置に不備があったケースが多く見られたとのことです。
【2024年9月1日】
機能性表示食品等に係る健康被害の情報提供の義務化
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/001298189.pdf
食品衛生法施行規則の改正により、機能性表示食品等に係る健康被害の情報提供が義務化され、2024年9月1日に施行されました。具体的には、営業者のうち、機能性表示食品の届出者及び特定保健用食品に係る許可を受けた者(「届出者等」)は、機能性表示食品及び特定保健用食品による健康被害に関する情報を収集するとともに、健康被害の発生及び拡大のおそれがある旨の情報を得た場合には、速やかに、当該情報を都道府県知事等に提供することが定められました(食品衛生法施行規則別表第17第9号ハ)。また、情報提供期限については、おおむね30日以内に同じ所見の症例が複数発生した場合は15日以内、ただし、重篤事例は1例の場合であっても15日以内とのルールが示されました(「機能性表示食品等に係る健康被害の情報提供について」(令和6年8月23日付け健生食監発0823第3号))。
【2024年9月10日】
総務省、「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会とりまとめ」を公表
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu02_02000417.html
総務省は、2024年9月10日、「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会とりまとめ」を公表しました。詳細は、本ニューズレター2024年7月31日号(「総務省、有識者会議による「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会とりまとめ(案)」を公表」)をご参照ください。
【2024年9月11日】
証券取引等監視委員会、「令和5事務年度 開示検査事例集」を公表
https://www.fsa.go.jp/sesc/jirei/kaiji/20240911.html
証券取引等監視委員会は、開示検査事例集を公表しました。令和5事務年度において課徴金納付命令勧告が行われた事案のうち、特徴的なものは以下のとおりです。
●株券等の保有者である非上場会社及び個人と、個人と共同保有関係※31にあった非上場会社が、①法定提出期限までに大量保有報告書や変更報告書を提出せず、②株券等保有割合を過少または過大に申告するなど、重要な事項につき虚偽の記載がある変更報告書を提出した事案。大量保有報告書及び変更報告書の不提出について課徴金納付命令勧告を行った事案であり、共同保有関係にあった者を含む複数の者に対して課徴金納付命令勧告を行った事案であるという点に特徴があります※32。
※31 株式の保有者と、共同して株券等を取得したり、議決権を行使することを合意している場合(金融商品取引法27条の23第5項)等、一定の関係にある者を指します。
※32 過去には、米国の銀行グループにおいて、システム上の不具合により保有株式の一部に集計漏れが発生し、大量保有報告書等の不提出等を理由として、同グループの4社に対して、課徴金納付命令が出された事案があります。
●開示書類提出者が不適正な会計処理を行い、重要な事項につき虚偽の記載がある有価証券報告書を提出した事案において、開示書類提出者から株式価値算定業務の依頼を受け、引受価額以上となるように株式価値を過大に算定した個人が、虚偽開示書類等の提出等を容易にすべき行為(特定関与行為、金融商品取引法172条の12)を行ったとされた事案。特定関与行為に対して課徴金納付命令勧告を行った初めての事案であるという点に特徴があります。
●株式会社が、①株式会社の連結子会社における未発注の取引に係る売上の過大計上、②株式会社における投資有価証券の過大計上、③株式会社の連結子会社における売上の前倒し計上や棚卸資産等の過大計上といった、不適正な会計処理を行っていた事案。複数のグループ会社において、多岐にわたる不適正な会計処理が行われていた事案であるという点に特徴があります。
●株式会社が、関連当事者※33との取引を財務諸表又は連結財務諸表に注記しておらず(財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則8条の10、連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則15条の4の2参照)、売上の過大計上の不適正な会計処理を行っていた事案。関連当事者との取引に関する注記について、課徴金納付命令勧告が行われたという点に特徴があります。
※33 親会社や子会社等、ある当事者が他の当事者を支配しているか、又は、他の当事者の財務上及び業務上の意思決定に対して重要な影響力を有している場合の当事者等をいいます(関連当事者の開示に関する会計基準)。
【2024年9月18日】
公正取引委員会、独占禁止法に関するコンプライアンスへの対応状況調査を行うことを表明
2024年9月19日付け読売新聞朝刊
2024年9月19日付け読売新聞朝刊の報道によれば、同月18日、公正取引委員会事務総長は、定例会見において、本年10月から11月にかけ、東証プライム上場企業を対象として、独占禁止法に関するコンプライアンスへの対応状況の調査を実施することを明らかにしたとのことです。本調査においては、AIやアルゴリズムを活用することで意図せず事件に巻き込まれるリスクがあることを認識しているか、またそうしたリスクに対して具体的な対策を考えているか等も質問項目に加えられる予定とのことです。
【2024年9月20日】
内閣府、副業・兼業を行った場合の労働時間の通算ルールを見直す方針を表明
2024年9月20日付け日本経済新聞朝刊
2024年9月20日付け日本経済新聞朝刊の報道によれば、内閣府に設置された規制改革推進会議は、副業・兼業を促進するため、労働者が企業に雇用される形で副業・兼業を行った場合の労働時間の通算ルール※34を見直すことを明らかにしたとのことです。従前、使用者は、労働者の申告に基づき、副業・兼業先における労働時間を日・週単位で把握し、通算労働時間が法定労働時間を超えた場合、割増賃金を支払う必要がありました。今回の見直しにより、副業・兼業先における労働時間の日・週単位での把握、及び通算労働時間が法定労働時間を超えた場合の割増賃金の支払は不要となり、健康管理のために月単位で副業・兼業先における労働時間を含む総労働時間を管理すれば足りることになるとのことです。
※34 労働基準法38条1項は「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。」と定めています。
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