将棋の対局はインターネット中継により、ファンたちが手軽にみられる時代になった。しかしその一方、中継だけでは伝わらないこともある。カメラに映らない光景、対局室のマイクが拾わない言葉…。彼らが胸に秘める闘志や信念は「文章にしないと、後に残らない」。将棋界を10年以上取材してきた朝日新聞の村瀬信也記者が、勝負師たちの姿を追う。今回は、「藤井聡太」。

将棋界の歴史を塗り替えてきた数々の記録

私が初めて藤井を取材したのは2015年10月のことだ。棋士養成機関「奨励会」で藤井が三段に昇段したという知らせを聞いて、当時大阪で勤務していた私は関西将棋会館に足を運んだ。

 

「ホッとしています。実力的にまだ厳しいかもしれませんが、早く四段になりたいです」

 

水色のシャツの上にグレーのニットを着た藤井の受け答えを見て、「落ち着いているな」と感じたのを記憶している。奨励会に入って、わずか3年。当時中学1年で、13歳2カ月での三段昇段は史上最年少記録だった。

 

将棋界は、早熟の天才たちが歴史を作ってきた世界である。中でも特別な存在が、「中学生棋士」だ。第1号の加藤一二三を皮切りに、谷川浩司、羽生善治、渡辺明と過去に4人が快挙を達成している。その4人は全員、後に名人の座に就いている。

 

「5人目の中学生棋士誕生なるか」。藤井にはそうした期待がかけられた。だが、私は「そんなにすぐにはプロになれないだろう」と踏んでいた。待ち受ける「三段リーグ」は難関として知られているからだ。

 

三段リーグは30人前後の精鋭が半年かけて18局戦い、成績上位の2人だけが棋士になれる。渡辺がプロ入りした2000年以降、豊島将之や佐藤天彦といった後の名人らが中学生の時から参加してきたが、中学卒業前にその壁を越えた者はいなかった。

 

しかし、藤井はあっさりとそれを実現してみせる。2016年9月、中学2年の時に初参加した三段リーグで13勝5敗の成績を挙げ、1位で四段昇段をつかんだのだ。14歳2カ月でのプロ入りは、加藤一二三の14歳7カ月を62年ぶりに更新する快挙。最終日の初戦で黒星を喫したものの、競争相手も敗れて命拾いをするところに強運も感じさせた。

 

藤井の登場は将棋界を大きく変えた。公式戦29連勝、中学生での全棋士参加棋戦(朝日杯将棋オープン戦)優勝、史上最年少でのタイトル獲得……。新たな記録が打ち立てられる度に、ファンは驚愕し、喝采を送る。この10年ほどの間に対局のネット中継の環境が整っていたことも追い風になり、いわゆる「観る将棋ファン」も増えた。将棋の人気は一過性の「ブーム」ではなく、以前より確実に広がりを見せているように感じられる。

 

だが、当の藤井は、自身の記録や周囲の熱気に関心を示さない。自宅で新聞を読む際も、自分の記事には目を通さないという。目を向けているのはいつも次の対局、そして盤上の最善手なのだ。

 

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本記事は『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』(幻冬舎)を抜粋・再編集したものです。

将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学

将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学

村瀬 信也

幻冬舎

藤井聡太、渡辺明、豊島将之、羽生善治…… トップ棋士21名の知られざる真の姿を徹底取材!! 史上最年少で四冠となった藤井聡太をはじめとする棋士たちは、なぜ命を削りながらもなお戦い続けるのか――。 「幻冬舎plus」…

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