将棋の対局はインターネット中継により、ファンたちが手軽にみられる時代になった。しかしその一方、中継だけでは伝わらないこともある。カメラに映らない光景、対局室のマイクが拾わない言葉…。彼らが胸に秘める闘志や信念は「文章にしないと、後に残らない」。将棋界を10年以上取材してきた朝日新聞の村瀬信也記者が、勝負師たちの姿を追う。今回は、「藤井聡太」。

AIを鵜呑みにせず、誰も見たことがない手を放つ

藤井の取材を続けていて、折に触れて考えることがある。「なぜ、この若さでここまで強くなれたのか」ということだ。

 

抜群の読みの速さと正確さは、幼い頃から数え切れないほどの詰将棋を解くことで培われた。勝敗に直結する終盤の力は、奨励会員の頃から既にプロレベルに達していたと言っても良い。小学6年の時に、棋士も参加する詰将棋解答選手権で初優勝を果たしたのがその証しだ。

 

今や人間をしのぐほどにまで強くなった人工知能(AI)の長所も、うまく採り入れた。棋士が実戦で想定される局面をAIで下調べしてから対局に臨むのは今や当たり前だが、藤井は奨励会三段の頃から研究に活用するようになった。明快な結論が出にくい序中盤の感覚や大局観が磨かれたという。

 

一方で、藤井が心がけていることがある。「AIの指し手を鵜呑みにしない」ということだ。AIが示す指し手や形勢判断の根拠を、自分の頭で考えて解釈する。それがおろそかだと、かえって自分の将棋を見失うことになりかねない。

 

2020年7月、初タイトルを獲得した直後の藤井にインタビューした際、こんなことがあった。「藤井さん自身の将棋がAIに似てくることはあるか」と尋ねると、「似てくることは基本的にないと思います」ときっぱりと否定されたのだ。「将棋は一局ごとに違う局面が現れるので、全体的な指し手の傾向として極端に似るのは考えづらいです」。口調は穏やかだったが、「似る」という言葉に対する反発心が強く印象に残った。

 

これまでの取材を振り返って、改めて思う。藤井は考えることが何より好きなのだ。AIに安易に頼ることなく、納得のいくまでとことん考え抜く。そんな姿勢が、誰も見たことがないような手を放つことにつながるのだろう。

 

藤井はプロ入りから5年余にして、将棋大賞の升田幸三(ますだこうぞう)賞と升田幸三賞特別賞を1回ずつ受賞している。通常は独創的な戦法の創案者に贈られる賞だが、藤井は中終盤の妙手が高く評価されて選ばれた。従来の価値観を覆すほどの新たな輝きを見いだされたからこその受賞だった。

 

以前、中学生棋士の先輩である谷川は、こう話していた。「藤井さんは、将棋の魅力に取りつかれたことでここまで強くなったのでしょう」

 

将棋にそこまで取りつかれる「素質」を持っていたことこそが、藤井の才能なのかもしれない。

 

 

村瀬 信也
朝日新聞 記者

 

 

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    本記事は『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』(幻冬舎)を抜粋・再編集したものです。

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