(※写真はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『農業と事業承継』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

本ニューズレターは、2021年12月28日までに入手した情報に基づいて執筆しております。

1. はじめに

農業の事業承継は我が国にとって重要なテーマである。なぜならば、農業という食の根幹事業であるにもかかわらず、農業の担い手は、通常の中小企業以上に少子高齢化の状態に陥っている場合が多いからである※1。具体的には、農林水産省によると「農村において、少子高齢化・人口減少が都市に先駆けて進行しており、農村の高齢化率は特に平成27(2015)年時点で31.0%であり、都市部よりも20年程度先行して」いると報告されている※2

 

※1 他方で国内の人口減少は需要減少に繋がるが、世界的な人口増加は需要増加を生むことになる。

 

※2 詳細は、農林水産省のHP参照のこと。https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r2/r2_h/trend/part1/chap4/c4_1_00.html?words=%E5%B0%91%E5%AD%90%E9%AB%98%E9%BD%A2%E5%8C%96#d0368

 

更に、事業承継に悩む農家にとっては採算性もまた重要な問題となりうる※3。そのため、農業の事業承継を円滑に行うにあたっては、採算性等に目処を立てるか、或いは大手の農家に全てを委ねるかという判断にもなりかねない。

 

※3 詳細は、志水真人他「農業の動向と収益性の向上」参照のこと。https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202012/202012p.pdf

2. 採算性の向上

それでは、農家にとって採算性を高めるにはどのような方法があるであろうか。

 

仮に採算性=利益率の向上と考えた場合、利益=売上-経費である以上、売上を上げるか、経費を下げることが考えられる。経費を削減する1つの方法としては無人収穫ロボット等のスマート農業を活用することが考えられる※4

 

※4 詳細は、農林水産省「スマート農業の展開について」参照のこと。https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/pdf/smart_agri_tenkai.pdf

 

また売上は商品単価×販売量によって決まるので、理論的には付加価値をつけて単価を上げるか、作付面積を増やして収穫量を増加するか、或いは高性能土壌の利用や環境制御装置による生産性の向上が考えられる。

 

しかしながら現実はもっと複雑であり、①品種改良の進んだ作物であればあるほど付加価値をつけることが難しい場合があるし、②マーケット価格の影響を大きく受ける作物も存在する。また、③作付面積が増えたことによって、却って収穫の効率性が落ちる場合も想定される。従って、農業における採算性の向上はこのような諸要素を踏まえて実行していく必要がある。

3. 農地法上の留意点

次に、採算性に目処がついたとしても、それをどのように事業承継させるかという問題が存在する。

 

類型的には、①親族に承継させる場合、②従業員に承継させる場合、③第三者にM&Aで承継させる場合がある。またそれぞれ農地を承継させるのか、それとも農業法人の株式を承継させるのか※5という場合分けが考えられる※6

 

※5 事業承継に際して法人成りするかどうかは、法人成りのメリット・デメリットを比較して決定することになる。一般論としては、法人成りすると税金の軽減・社会保険制度の完備・個人資産との分離が図れるが、他方で農地移転時の課税・会社管理コスト・農地所有適格法人の手配等が発生する点に留意する必要がある。

 

※6 税法上の論点については、森剛一「農業の事業承継対策」税経通信(2021年5月号)参照のこと。

 

親族への承継の場合、遺言によって承継させる場合もあれば、事前に生前贈与や負担付贈与を実行する場合が考えられる。もっとも生前贈与等の場合は農地法の許可を得る必要がある。このことは、従業員や第三者に有償譲渡する場合も同様である(農地法第3条第1 項参照※7)。

 

※7 同項は「農地又は採草放牧地について所有権を移転し、又は地上権、永小作権、質権、使用貸借による権利、賃借権若しくはその他の使用及び収益を目的とする権利を設定し、若しくは移転する場合には、政令で定めるところにより、当事者が農業委員会の許可を受けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合及び第5条第1項本文に規定する場合は、この限りでない。」と規定している。

 

これに対して農業法人の株式を譲渡する場合には農地法の許可は直ちには必要ないが、農業法人が農地所有適格法人であるための農地法の要件(農地法第2条第3項参照)を具備しておく必要がある。

 

具体的には(非常に簡単に記載すると)①法人形態要件(株式会社であれば非公開会社)、②事業要件(主たる事業が農業であること)、③議決権要件(農業関係者が総議決権の過半を占めること)、④役員要件(役員の過半が法人の行う農業に常時従事する構成員であること)、⑤農作業従事要件(役員又は重要な使用人の1人以上が法人の行う農業に必要な農作業に従事すること)が規定されている。

4. 農業承継の特殊性

次に農業の承継に際しては①農地のような可視化された資産のみならず、②可視化されていない資産の承継も重要である。②の資産としては、農業上のノウハウ※8、取引先との人間関係(原材料の調達等を含む)等であり、これらは一朝一夕に承継できるものではないため、時間をかけた承継、場合によっては承継後のサポートが必要になることもある。

 

※8 なお、知的財産としては特許権・商標権・意匠権・地理的表示保護・育成者権等も存在する。詳しくは菅原清暁『農業法務のすべて』(民事法研究会、2021年)205頁以下参照のこと。なお、特許と育成者権の棲み分けについては、外村玲子「植物と特許」知財ぷりずむ No.218(2020年11月号)参照のこと。

 

また、農業は各地のルールを尊重することが非常に重要となりうる事業でもある。従って、農地の獲得に際しては、地元との友好関係構築※9、土地改良区のスケジュール把握等の情報にも配慮が必要となる場合がある。更に農業は農地という土壌があってこそ、実施できる事業ではあるが、農地に関しては相続未登記農地の問題にも留意が必要である ※10※11。なお、農業は光合成を利用した事業であるため、土壌は当然のこと、水や光といった光合成に不可欠な要素に関する情報取得も重要である。

 

※9 これは収穫期において共同作業が必要である等の理由に基づく所から生じる現象でもある。

 

※10 農業経営基盤強化促進法等の改正対応については農林水産省「所有者不明農地の利活用について」参照のこと。https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001311251.pdf

 

※11 農地における賃借権の時効取得と農地法の関係については能智浩二「農地の賃借権の時効取得が認められた事例」参照のこと。https://www.retio.or.jp/case_search/pdf/retio/61-072.pdf

5. 時間をかけた事業承継

また、農業の事業承継は必ずしも短期間で行うものでもない。既に述べたように可視化できない資産の承継には信頼関係構築の時間が必要なこともある。

 

その様な場合には、①入り口段階として業務提携を締結したり、②農業法人の株式をマジョリティとマイノリティで分け合い、株主間協定を締結することも想定される。すなわち、一定期間を経て信頼関係が構築された場合には(農地所有適格法人の要件に留意しつつ)プットオプション(株式売却権)を行使して全ての株式を譲渡し、逆に信頼関係の構築が難しいと判断された場合にはコールオプション(株式購入権)を行使して全ての株式を買い戻すことが考えられる※12

 

※12 株主間協定に関しては、江頭憲治郎『株式会社法第8版』(有斐閣、2021年)245頁以下参照のこと。

6. 債務超過と事業承継

更に、事業が債務超過である場合、どのように負債を承継させるかという問題が存在する。債務超過が過大でなければ、今後の収益等で埋め合わせることが考えられる。しかしながら債務超過が過大な場合、事業を廃止し、事業承継を断念することも選択肢としてあり得よう。

 

他方、当該債務をリストラクチャリングする場合には通常以上の留意が必要になることが想定される。農業の現場は狭い社会である。そのため、債務のリストラが思わぬ形でレピュテーションリスクを生む場合があれば、金融機関の同意が得にくい場合も想定される。またスポンサーが農家を救済しようにも前述した農地法の許可等が得られるかという問題も存在する。

 

他方で、債務のリストラクチャリングが全く行われていないわけでもない。帝国データバンクの分析によると※13、2019年度の「野菜作農業」倒産は、過去20年で最多の37件(前年度比105.5%増)に達し、そのうち負債1億円未満が21件を占めるとのことであるが※14、実際にはレピュテーションリスクの回避の観点から、私的整理を通じたリストラクチャリングも存在する。また金融機関側も、農業経営体は家族経営が多く、経営リスクへの対応力が必ずしも十分とはいえないことから早期に対応できる相談窓口設置の必要性を認識している※15

 

※13 詳細は株式会社東京商工リサーチ「2019年度『野菜作農業』の倒産状況」参照のこと。https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20200413_01.html

 

※14 元々日本の農家は、第二次世界大戦後に小作人に対して低廉価格で農地を譲渡した歴史を有する。

 

※15 詳細は水上博喜「農業者の破綻防止について」参照のこと。https://jaffic.go.jp/whats_kikin/kouhou/kikin_now_2020_03.files/kikin_now_2020_03_08.pdf

 

更に、事業承継に関しては保証契約の承継が問題となりうる。特に事業借入は個人にとって巨額になりうるため、承継は相続人等から難色を示されることも多い。この問題に明確な解は存在しないが、対応策としては①相続人全員が(相続分に応じて)承継する方法、②事業承継の対象者のみが保証切替により承継する方法、③保証によらない融資が望まれていることを丹念に金融機関に説明する方法※16、④経営者保証ガイドライン又は特定調停等の手法により保証債務の削減を依頼する方法等が考えられる。

 

※16 預託牛の所在や飼育状況等を含む在庫状況や売掛金、資金繰りの実態等を十分にモニタリングすることで保証を解除した事例については金融庁「『経営者保証に関するガイドライン』の活用に係る参考事例集」(令和元年8月改訂版)事例17参照のこと。https://www.fsa.go.jp/status/hoshou_jirei.pdf

7. 農業競争力強化支援法について

このような状況を踏まえ、政府としても、農業競争力強化支援法を準備し、農家の事業承継をサポートしている。

 

具体的には、①登録免許税の軽減(租税特別措置法第80条第4 項)、②減価償却の特例(租税特別措置法第13条の2、第46条の2、第68条の33)、③事業再編における資産評価損の損金算入(法人税法第33条第2項)、③事業譲渡時の債権者みなし同意(農業競争力強化支援法第23条)、の規定を設けている※17

 

※17 詳細は農林水産省「農業競争力強化支援法による事業再編・参入の促進」参照のこと。https://www.maff.go.jp/j/kanbo/nougyo_kyousou_ryoku/sienhou/attach/pdf/index-87.pdf

8. 結語

以上、農業の事業承継に際し問題となりうる事項を解説したが、農業は国民生活の根幹であり、安定的な生産供給を維持するためにも、また海外への輸出によって売上を確保するためにも、農業及び農業を取り巻く環境の特質を理解した対応が必要と思われる。

 

 

柴原 多
西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士

 

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   柴原 多

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