(※写真はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『ケニアにおけるビジネス法概要』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

本ニューズレターは、2022年1月21日までに入手した情報に基づいて執筆しております。

1. はじめに

当事務所では、2013年にアフリカ・プラクティスチームを立ち上げ、アフリカ各国のビジネス法についてまとめた冊子『アフリカビジネス法ガイド』を刊行しております(2014年6月初版、2019年8月Ⅱ版発行)。

 

本稿では、多くの方にアフリカの法制度の概要を知っていただくため、『アフリカビジネス法ガイドⅡ』の要点を再編集する形でコンパクトにまとめるとともに、いくつか情報を補充しております。

2. ケニアのビジネス環境及びその法制度の概要

ケニア共和国(以下「ケニア」といいます)は、1963年に英国から独立し、国土は日本の1.5倍、人口は約5260万人にのぼり※1、東アフリカ最大の経済ハブとなっています。1990年代前半からGDPは成長を続け、2020年は新型コロナウィルスによる経済停滞により約30年ぶりにマイナス成長に転じたものの、近年は5%前後の成長率を保ってきています※2。また、先進テクノロジーを有するスタートアップ企業の活躍も見られ、東アフリカにおけるリープフロッグ(蛙飛び)イノベーション(Leapfrog Innovation)の中心地として注目が高まっています※3

 

※1 https://www.jetro.go.jp/world/africa/ke/basic_01.html

 

※2 https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/09/4535013199875ef1.html

 

※3 例えば、ケニアの最大手通信キャリアであるサファリコムが展開している「M-PESA」と呼ばれる携帯電話に通話料等をチャージしたり、いわゆる電子マネーとして商品購入ができたり、現金に払い戻したりすることができる機能が浸透していたり、民間で救急車の配車プラットフォームをケニアで展開するFlare等、先進国にはないイノベーション技術を用いて社会インフラの代替を行うスタートアップ企業が多くなっております(椿進「超加速経済アフリカ」〈2021年・東洋経済〉99頁-149頁)。

 

こうした状況を背景に、日本とケニア間のビジネス機会を官民連携して促進する試みも盛んであり、2020年1月に経済産業省の主催で開催された“Kenya-Japan Business Networking Forum”※4では、ケニアでのビジネスを検討している日本の企業・団体49社とケニアの現地企業53社との間で交流・商談の機会が設けられ、日本企業等がケニアの現地企業を視察しました。また、2021年6月にジェトロとケニア投資庁とが連携して開催された「日本・ケニアビジネスフォーラム」※5では、江島潔経済産業副大臣(当時)も参加しており、ケニアにおけるビジネス機会に関する議論が行われ、直近では2021年12月に経済産業省・ジェトロ・ケニア政府の主催で「第2回日アフリカ官民経済フォーラム」などが開催されています※6

 

※4 https://www.meti.go.jp/policy/external_economy/trade/africa/Kenya_Japan_Forum.pdf

 

※5 https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/07/72c16f2e96a2f4fa.html

 

※6 https://www.meti.go.jp/press/2021/10/20211022002/20211022002.html

 

(日本企業の駐在事務所が集まるナイロビRiverside Drive周辺では高層ビルの建設が進んでいる)
(日本企業の駐在事務所が集まるナイロビRiverside Drive周辺では高層ビルの建設が進んでいる)

 

(ケニアの電線のない無電化地域で、ソーラーパネルを設置し、電力を供給するスタートアップ企業が活躍している)
(ケニアの電線のない無電化地域で、ソーラーパネルを設置し、電力を供給するスタートアップ企業が活躍している)

 

ケニアの法体系は、旧宗主国である英国法に由来し、ケニア立法府による法令(1897年8月12日にイギリスで発効した一般適用法令(Statutes of General Application)を含みます)、コモンロー及び衡平法、アフリカ慣習法、判例法(ケニアの判例法及びイギリスの判例法で構成され、イギリスの判例法はケニアの法令に矛盾しない範囲でのみ適用されます)を通じて発展してきました。以下では、ビジネス上、特に関心が高いと思われる、ケニアにおける事業形態及び法人設立、物権法・土地所有権法、知的財産権、労働及び労働許可並びに紛争解決に関係する各法制度について、それぞれの概要をご紹介します。

3. ケニアにおけるビジネス法概要

(1)事業形態及び法人設立

ケニアでは2016年6月15日に、2015年新会社法第17号(以下「新会社法」といいます)が全面施行されました。また、新会社法と密接に関連し、会社、組合及び企業の設立、登録、運営及び管理に関する法律の効果的な運用を確保するビジネス登録サービス法(BRSA)が2015年に施行されました。これに基づくビジネス登録サービス(BRS)は、会社の登録やこれらの記録の保存を行っています。

 

ケニアで外国投資家が利用している一般的な事業体の形態は、以下の通りです。

 

(a)非公開有限責任会社(private limited liability company)

 

日本でいう閉鎖会社にあたり、例えば、株式資本の上下限に関する規制がなく、比較的安価で簡便に設立できる等のメリットがあり、外国投資家により利用されることの多い事業形態です。非公開有限責任会社は、取締役につき最低1名以上の自然人が必要であり、また、少なくとも1名以上の株主が必要です。もっとも、株主がケニア国民である必要はなく、取締役がケニア国内に居住することは必要とされておりません。取締役がケニア国内に居住していない場合、実務上の要請として、ケニア歳入当局(Kenya Revenue Authority:KRA)は非居住取締役にはPIN番号(個人識別番号)を所持することを要求しています。また、500万ケニアシリング※7以上の払込済株式資本を有する非公開有限責任会社は、英米法系の国で多く採用され、文書管理や株主管理を職務とする会社秘書役(Company Secretary)を任命する必要があり※8、全ての会社は、原則として、監査役を任命しなければなりません※9

 

※7 2022年1月18日時点の為替レート(1ケニアシリング1.01円)で505万円。

 

※8 秘書役は、ケニア公認秘書役協会(Kenya Institute of Certified Public Secretaries)の登録メンバーでなければなりません。

 

※9 監査役は、ケニア公認会計士協会(Institute of Certified Public Accountants of Kenya)の会員でなければなりません。

 

この法人の設立にあたっては、会社登記局に一定の書類・情報を提出する必要があります※10

 

※10 設立手続の詳細は、アフリカ法ガイドブック63頁以降をご参照ください。

 

(b)外国会社の支店

 

ケニアに支店を設立する外国会社は、ケニアでの支店設立後30日以内に会社登記局に、当該外国会社の定款の写し等の書類及び当該外国会社の登録住所や役員等の情報を提出する必要があり、同時に、現地代表者(Local representatives)を選任する必要があります※11 ※12。ケニアの法人税率が30%であるのに対して、外国会社の支店には37.5%の法人税を課せられます。

 

※11 https://brs.go.ke/foreign_company_registration.php

 

※12 もっとも、登記時に発行される登録証明書の保有が入国許可の取得及び他の登記の要件として求められるため、実務上は、会社登記局への必要書類の提出は代理人等を通じて事前になされるべきとされております。

 

なお、ケニアでは、2018年初頭から、BRSのe-シチズンポータルからアクセス可能な会社登記局のオンライン・プラットフォームを通じて、登録や公的機関への各書類の提出※13を行うことが可能となっております。

 

※13 会社の設立、取締役の変更、年次報告書の提出、株式資本の変更、株式所有構造の変更を含みます。

 

(2)物権法・土地所有権法

ケニアにおける物権法・土地所有権法(以下「ケニア物権法・土地所有権法」といいます)は、憲法及び土地管理法(Land Control Act)等の法律で規律されています。例えば、ケニアに進出している日本企業が発電施設等を設置する場合には、土地(主に農地)の取得方法や賃借方法をまず検討する必要があります。ケニア物権法・土地所有権法には、日本の物権法とは異なるケニア特有の法制度があるため、重要な検討項目の一つとなります。以下では、ケニア物権法・土地所有権法の概要を説明します。

 

まず、ケニア物権法・土地所有権法に関する憲法及び法令として、主に以下が挙げられます。

 

 

まず、日本の物権法にはない法制度の一つとして、2010年改正のケニア憲法第65条は、ケニア国民以外の者に土地の所有権(a freehold interest)を認めておらず、99年までの期間の借地権(a leasehold interest)のみを認めています。そして、ケニア国民が全株式を有しない法人は、外国法人とみなされ、同様の規律に服します。

 

次に、農地に関しても強い保護制度があります。(i)農地の売買、貸借、担保権設定については、上記表№6.で紹介したLand Control Actの規制に服し、(ii)農地を所有する私企業の株式の発行、売買、担保権設定についてもLand Control Actの規制に服します。これらの取引を行うためには、農地を管轄するLand Control Boardsの承諾が必要であり、当該取引に関する契約の締結後6か月以内にLand Control Boardsの承諾がなければ当該契約は無効となります。そして、これらの取引によって農地の所有権を取得したり賃借権の設定を受けたりする者が、外国人が一部でも株式を有する法人である場合には、Land Control Boardsは原則として当該取引を承諾してはならないという法令上の義務があります。但し、当該取引にLand Control Actが適用されないことの許可をケニア大統領が与えた場合にはLand Control Actは適用されません(いわゆるPresidential Exemption)※14

 

※14 Section 24 (c)  of the Land Control Act.

 

ナイロビ都市圏を除く多くの土地は農地であり、上記のように日本を含めた外資の資本が入っている法人は原則として土地の所有権を取得できません。ケニア国民ではない日本企業にとっては、土地を必要とする事業を遂行する上で大きな制約となるため留意が必要です。

 

(3)知的財産権及びデータ保護法

ケニアの主な知的財産関係法には、ケニア憲法、知的財産法(Industrial Property Act)、商標法(Trade Marks Act)、著作権法(Copyright Act)及び模倣品等防止法(Anti-Counterfeit Act)があります。営業機密や不正競争に係る利益のような登録対象とならない権利もイギリスコモンローによって保護されます。

 

知的財産法、商標法及び著作権法は、ケニアが加盟している知的財産関係の国際条約※15に大きく依拠しています。他方、模倣品等防止法は、南アフリカの模倣品等防止法の内容にほぼ依拠しています。

 

※15 とりわけ、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(Trade-Related Intellectual Property Act: TRIPS)。

 

ケニアでは、2019年に制定されたデータ保護法(Data Protection Act, 2019)が個人情報保護制度を包括的に規律しています。データ保護法は、欧州データ保護規則(GDPR)に概ね沿った内容で策定されており、ケニアでビジネスを行う企業の他、域外適用を受ける企業においては、引き続き法令遵守の体制を整備する必要があります。

 

(4)労働・労働許可

ケニアにおける雇用の条件は、雇用法(Employment Act)及び賃金一般令(Regulation of Wages(General)Order)が規律します。雇用法は、雇用契約における最小限度の条件を定めるものであって、雇用者及び労働者は、雇用法が定める最小限の条件を充たす限り自由に労働条件を合意できます。雇用法は、従属関係にない独立した当事者間の契約(日本法でいえば委任契約等)には適用されず、かかる場合の権利義務関係は契約により定められます。

 

外国人がケニアで就労するには、9種類の労働許可のいずれかを得なければならず、日本企業から派遣される駐在員は主に期間2年間の就労ビザで駐在することになります。

 

(5)紛争解決手段

ケニア憲法は、裁判外紛争解決手段の促進を奨励しており、当該手段としては仲裁又は調停が挙げられます。さらに、民事訴訟法(第21章)は、裁判所が裁判外の紛争解決方法を促進することを求めています。実際に、外国企業が当事者となる契約において、ICC等のメジャーな仲裁機関の他、2013年に設立されたナイロビ国際仲裁センター(Nairobi Centre for International Arbitration)も仲裁機関として選択されています。

 

また、ケニアは1989年に「外国仲裁判断の承認と執行に関するニューヨーク条約」(New York Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards)を批准し、1985年に制定された仲裁法(Arbitration Act, 1995)の第36条においても、外国仲裁判断は上記条約の定めに従ってケニアにおいても承認され、執行されることが明記されております。すなわち、外国仲裁判断の内容がケニアの公序に違反する場合等でない限り、ケニアの高等裁判所(High Court)は当該仲裁判断を承認し、ケニアにおいても執行可能とされております※16

 

※16 仲裁法第37条。

 

更に、外国判決は、外国判決(相互執行)法(第43章)に基づき、相互主義の原則の下でケニアが相互承認協定を締結している国※17の裁判所による判決であれば、ケニアにおいて執行可能です。外国判決は、自動的に承認されるものではなく、高等裁判所(High Court)の審理を経て認められます。

 

※17 現在、オーストラリア、イングランド・ウェールズ、マラウイ、ルワンダ、セーシェル、タンザニア、ウガンダ、ザンビアが該当します。そのため、日本の判決は執行できません。

4. 近年の動向

日本企業にとって影響のあり得る近年の動向としては、上記3.(3)記載のデータ保護法の制定がありますが、その他、ケニアにおいてビジネスを行う日本企業や、ケニア企業と取引を行う日本企業にとって、影響のあり得るケニアにおける近時のリーガルトピックとして、例えば下記の事項があります。

 

⇒ 倒産法における、倒産前保護措置の導入

2021年3月30日、ビジネス法(BusinessLaws(Amendment)(No.2)Act,2021)は、倒産法(Insolvency Act)の内容を修正し、経済的危機にある会社は、30日間の倒産前保護措置を受けられるようになりました。これにより、その期間、当該会社の債権者は当該会社の財産に対して担保権を実行することができなくなる等、経済的危機にある会社に対する保護措置が設けられました。

 

⇒ 労働者の意見陳述なしに試用期間中に雇用契約を解除することは違憲と判断

2021年7月30日、雇用労働関係裁判所(Employment and Labour Relations Court)は、雇用法第42条(1)は違憲であると判断しました。同条は、雇用主が労働者の意見陳述なしに試用期間中に雇用契約を解除することを認める規定であり、公正な労働慣行と公正な行政処分を受ける権利を全国民に保障するケニア憲法に反しているとされました。

 

【執筆】

斎藤 公紀
西村あさひ法律事務所 弁護士

井之上 旦
西村あさひ法律事務所 弁護士

 

【監修】

石田 康平
西村あさひ法律事務所 弁護士

五十嵐 チカ
西村あさひ法律事務所 弁護士

 

 

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   斎藤公紀
   石田康平
   井之上旦
   五十嵐チカ

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