(※写真はイメージです/PIXTA)

2016年の日本政策金融公庫総合研究所による「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」によると、60歳以上の経営者のうち、実に5割以上が廃業を予定しています。ただし、廃業を予定している経営者のうち、3割が「業績はよく、今後10年間の見通しも悪くない」と回答。さらに、廃業を選んだ理由として「後継者の確保が難しい」ということを挙げています。廃業によって経営者としての責任・重圧から解放されるというメリットもあるでしょう。しかし、果たして廃業が本当に良い選択肢と言えるでしょうか。廃業によるデメリットについて改めて考えていきましょう。

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廃業は「デメリットだらけ」

後継者が見つからない場合、必然的に「廃業」が選択肢に入って来ますが、この選択が良いのかどうか、様々な側面から考えてみたいと思います。

 

廃業することには「後継者問題から解放される」ことや「従業員の雇用や会社を守らねばならないというプレッシャーがなくなる」といったメリットがあります。しかしデメリットも多くあります。

 

●廃業するための手間や費用がかかる

●従業員が失職する

●取引先が連鎖倒産する恐れがある

●地域社会で自社が果たしてきた役割が失われる

●顧客が代替の商品・サービスを探さなくてはならない

●廃業が近づくにつれ、経営者や従業員の士気が低下し、業績悪化したり関係各所に迷惑がかかったりしがちである

 

廃業することのメリットとデメリットをよく比較検討して、後悔のないほうを選びたいものです。

1000万円以上かかるケースも…廃業費用の内訳

会社を作ることは資本金の用意と登記くらいで簡単ですが、会社を廃業するのは非常に煩雑な手続きのうえに、費用も多くかかってきます。

 

■登記などの届出関係

会社を閉鎖・廃業するためには「解散登記・清算人選任登記」と「清算結了登記」という2段階の手続きが必要です。

 

株主が社長一人なら自分だけの意志で解散を決められますが、他にも株主がいる場合は株主総会を開いて2/3以上の同意を得なくてはなりません。

 

また、会社を清算するにあたっては清算人を選出したうえで、会社が所有する財産をすべて調べます。会社の債権は回収して、債務の弁済や余剰財産の株主への分配を行います。

 

細かいことですが、電気・ガス・水道・インターネット・警備・清掃などの契約停止もしなくてはなりません。

 

従業員を雇用していて雇用保険や健康保険など社会保険の適用を受けている場合は、その手続きも必要です。

 

登記費用そのものは数万円ですが、これらの手続きを自分で行うことはハードルが高く、専門家(税理士、行政書士、司法書士、社労士など)にお願いするのが一般的です。その報酬も必要になってきます。

 

■工場機械など産業廃棄物の処分

使用していた機材や工場の機械などは売却できればいいですが、買い手がつかない場合は処分することになります。産業廃棄物の処分は専門業者でないとできないので、その費用がかかります。リース代が残っている場合は、その清算も必要です。

 

■建物の取り壊しや原状回復

店舗や工場を借りている場合、貸主に返却するのに元の状態に戻す必要があります。化学薬品工場やガソリンスタンドのように地質に影響を与える事業を行っていた場合は、土の入れ替えをして回復することになります。その費用は1立方メートルで4~5万円ほどです。仮に汚染の面積が100平方メートルで汚染深度が1メートルだった場合、土壌回復だけで400~500万円もかかってしまいます。

 

■従業員への退職金支払い

従業員は解雇することになるので、退職金を支払います。勤続年数が長いほど退職金は高くなります。

 

■借入金の完済

会社に借入金が残っている場合は、廃業までに完済しておく必要があります。完済できない場合、事業の借金は会社の借金なので、法人破産を選択すれば会社の借金は消滅させられます。しかし、中小企業では融資を受ける際に社長が連帯保証人になっているケースが多いはずです。その場合、社長個人の借金として返済義務が残ってしまいます。

 

実際、廃業していく会社がどれくらいの費用を負担しているかというと、2019年版の中小企業白書に「廃業の費用総額」を調べた項目があります。

 

100万円未満が全体の60%を占めますが、100万円~500万円かかったケースも20%余りと決して少なくありません。500万円~1000万円かかった割合は7%、1000万円以上かかったケースも7.6%存在します。

 

業種による差はなく、事業規模の大きい会社ほど廃業にかかるお金も多くなる傾向です。

失業、連鎖倒産、地域への影響…廃業のダメージは甚大

廃業することで生じる損失はお金だけではありません。従業員や取引先にも失業や連鎖倒産などのリスクを負わせてしまいます。

 

歴史のある会社では30年40年と長く働いてくれた従業員もいるはずです。ある程度の年齢以上になると、再雇用先を探すのも容易ではありません。取引先や地域のことも考える必要があります。

 

例えば新型コロナウイルス感染症の流行で飲食店や観光業を中心に倒産や廃業が増えていますが、飲食店が1つなくなるだけで、食材・飲料・酒類・おしぼり・食器などの納入業者や、店の修繕や建設を請け負う事業者などが連鎖的に影響を受けます。

 

また、県を跨いでの外出自粛で車のガソリンの売上も落ちており、ガソリンスタンドの廃業も起きています。新型コロナの影響を差し引いてもガソリンを貯蔵しておく地下タンクの耐用年数が30年で、経営者が高齢になってくると新たに約1000万円を投資してタンクを入れ替えるより、廃業を選んでしまうことが多いのです。

 

集落に1つしかなかったガソリンスタンドがなくなると、車のガソリンはもちろん冬場に暖をとるための灯油も遠方のガソリンスタンドまで買いに行かなくてはなりません。また、ガソリンスタンドは犯罪から子どもや女性、高齢者などを守るための「かけこみ110番」としての役割も担っています。

 

地域住民にとっての重要なインフラとなっているため、廃業により困る人がたくさんいるのです。

実際「なくなって良い会社」は1つもない

どんなに小さな会社でも、「なくなっても誰も困らない」ということは絶対にありません。社会のサプライチェーンの中にあったものが1つ消えるということは、そのサプライチェーンが断絶されるということです。

 

身近な例でいうと、私はいつも自宅や会社の神棚に榊をお供えするのですが、最近その榊がなかなか手に入らないのです。「どうして榊がないのですか」と花屋さんに聞いたところ、「榊を作っていた農家が高齢化で辞めてしまい、仕入れができない」と言うのです。

 

たかが榊農家と思うかもしれませんが、これは神道という日本古来の文化の存続危機に直結する由々しき事態です。

 

そのように考えていくとなくなって良い会社など1つとしてありません。高齢化に直面している経営者も事業承継を諦めないで、できるかぎり会社を存続させていく道を選んでほしいと思います。

 

 

宮部 康弘

株式会社南星 代表取締役社長

 

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※本連載は、宮部康弘氏の著書『オーナー社長の最強引退術』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

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宮部 康弘

幻冬舎メディアコンサルティング

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