百貨店も逃げ出したという売れにくい売場
ある展示会に参加したとき、たくさんの人でにぎわう会場の片隅にある小さなブースに、ぽつんと男性が座っていました。誰も足を止めることなく、一様に通り過ぎていきます。
あまりにも寂しく見えて、つい声をかけてみました。その方は障がい者向けの料理道具をつくっている職人でした。
「これ、まったく売れないんですよね……」と悲しそうな声でおっしゃいました。
「なぜ、売れないんですか?」と聞くと、「売ってくれる売場がないんです」とはっきりと言いました。
昔は料理ができたのに病によって手の握力が落ちてしまった人、半身不随になってそれまで使っていた料理道具が使えなくなってしまった人など、一般に流通する道具では調理ができなくなった人たちのために道具をつくっているというのでした。
たしかに、障がい者向けの料理道具では大きな売上になりません。それに、使用方法もそれぞれに説明が必要となります。手間のかかるわりに売上は少なく、ほとんどの店で在庫を持って販売しない理由は痛いほどわかります。
しかし、必要としている人が存在するのは間違いありません。もし、この道具が売れなければ、道具は世の中から消えていきます。
障がい者向けの料理道具をインターネットで調べてみると、片手が不自由な方のためのまな板、手首に負担をかけない包丁、握らなくても使えるピーラーなど、さまざまな種類がありました。それらはネットショップで購入できます。
しかし、実店舗で実物に触れながら選びたいお客様は間違いなくいらっしゃいます。障がいのない人が当たり前にできることが、扱う店がないためにできない人がいるのです。
どんなマイノリティなお客様でも足を運びたくなるような、料理がしたいという人にいつも寄り添える店でありたいと思うのです。
「百貨店が逃げ出したほど、売れにくい売場をつくろうと思う」
こんな僕の大それた思いを、従業員たちは「社長、それは絶対にやるべきです!」と応援してくれています。本当に感謝しかありません。
飯田 結太
飯田屋 6代目店主