薬を出すなら、減らす、やめる選択も
患者だったからこそ声を大にして言える経験の一つとして夏苅さんが挙げるのは薬物療法の難しさです。当然のことながら、精神疾患に外科的手術という選択肢はありません。必然的に薬物療法に頼ることになります。
「毒にも薬にもなる」という言葉があるように、薬には効き目とは裏腹の強い副作用もあります。多くの医師は患者に早く良くなって欲しいとの思いから薬を処方しているはずです。しかし「学生時代から7年にわたって、ありとあらゆる種類の薬を飲んでいたからこそ分かる副作用の辛さがある」と夏苅さんは強調します。
例えば、薬によっては口がカラカラに乾いて思うように話せなくなる辛さを何度も経験しています。ですから、医師向けの講演会では「薬を飲む辛さを想像してください」と必ず言い添えるようにしているそうです。
また、薬を出すなら、薬を減らす、薬をやめるということも同時に考えて欲しいということも訴えています。そうすれば「何十年も飲んでいるのにゴールが見えない」という患者の不安を解消する助けにもなるでしょう。
6000人規模の調査で家族の声浮き彫りに
「患者家族・患者・医師」の三役は、別の場面でもその力をいかんなく発揮しました。患者とその家族を対象とした6000人規模の大がかりな意識調査の実施です。成果は学術論文や書籍にまとめられました。
調査のきっかけは、講演で訪れた地方のある家族会役員から持ちかけられた相談でした。「会員は主治医とコミュニケーションが取れずに困っている。だから、医師会と家族会とが意見交換することはできないか」というのです。両者のコミュニケーションについては思い当たることのあった夏苅さんはその対象を訪れた地方だけでなく全国に広げた大がかりな調査にしようと動き出しました。
調査は精神科医の「診療態度」「コミュニケーション能力」について「治療場面における患者、家族としての評価」を集計する形で実施されました。回答は選択式質問に対するものと自由記述の二本立てとしました。
調査結果について夏苅さんは「患者や家族は医師に面と向かっては言いにくいことを心の中でたくさん抱えていると思いました。一方で、自由記述では労いの言葉も寄せられています。ですから、感情的に批判するのではなく『患者や家族にとって良い医療になるにはどうすればよいか』という前向きな姿勢で見てほしい」と総括しています。