今回は、M&Aが破談になった事例を見ながら、チャンスを失いがちなポイントを見ていきます。※本連載は、起業支援NPO、金融コンサルティング・M&A・不動産・投資教育事業会社などを多数運営する、佐々木敦也氏の最新刊『中小ベンチャー企業経営者のための“超”入門M&A』(ジャムハウス)の中から一部を抜粋し、実際の中小ベンチャー企業のM&Aを例にとり、M&Aを中小企業経営成功の切り札にする方法を解説します。

売却価格にこだわりすぎてなかなか折り合わず・・・

前回の続きである。

 

丙M&Aアドバイザーに紹介された企業は数社あり、ほとんどが大手アパレル企業だ。(※4)その中で最も友好的な乙社と話を進めることにした。「甲社が開発した繊維は高品質であり、弊社の新製品の主原材料としていきたい」というのが乙社のコメントだった。A氏は再度従業員の雇用維持を条件にするようB氏に言った。従業員は40代半ばの者がほとんどだった。

 

(※5)B氏は5億円で株式を売却できないと今まで個人貸付してきた分が取り戻せない、という事情で売却金額5億円を提示した。

 

①甲社の決算書には現在時価4000万円の土地が購入時の金額10000万円で計上されていること、②A氏が友人から購入した株式3000万円もそのまま載っていること、という状況でも、③工場や設備が揃っていること、をもって5億円程度で売却は可能だと自己判断していた。

 

しかし、丙M&Aアドバイザーと乙社側が提示してきた金額は2億円。B氏は「土地も建物も自社所有だ。いくらなんでも安すぎる!」と再検討を求めた。

 

乙社側は、「御社の技術力は確かなものだ。しかし固定資産はバブル期直前に購入したもので、帳簿価格の価値はない。有価証券は知り合いの地元企業のもので換金性がなく、評価が難しい。従業員の雇用維持は約束する。」と乙社に再検討の余地はなかった。

破談後、経営は悪化し、売るに売れない状態に

何度か話し合ったが、結局折り合わなかった。B氏は金額条件を下げるか迷い始めていた。

 

2010年の夏の蒸し暑いある朝、B氏は、丙M&Aアドバイザーから「乙社は別の売り手候補の買収に踏み切る。したがって甲社の買収は正式に白紙撤回したい」旨の連絡があった。

 

その後急速に資金繰りに問題が出て、甲社は金融機関からA氏、B氏の連帯保証契約及び自宅を担保に、運転資金の追加融資を受けた。さらに、役員給与をゼロ、従業員の一部解雇及び給与の大幅カットとした再建計画を携えて返済条件改定に向けて銀行へ行った。

 

もし、新たな融資も得られなければ、現在の返済を続けると再建計画を実行しても半年後には資金が底を突いてしまう。自宅を手放しても弁済しきれない。B氏は自宅を立ち退かなければならない老いた父親(A氏)と自分を脳裏に浮かべた。そして従業員が困り果てる姿、さらに自分自身は破産手続きをした後の厳しい生活を想像した。

 

しかし、先行きの不安と恐怖に闘いつつ、目の前の仕事はやらなければならない。乙社との価格交渉の日の対応に後悔しつつ、次の買い手候補が出てくるのを願う毎日であった。

 

失敗の教訓

 

(※4)買収側の意向は状況に応じて日々変化する。その意向は、あくまでも“今”の話。“良き出会い”はタイミングである。決断力が必要。

 

(※5)売却価格にこだわり、売るチャンスを逃すというケースは結構多い。双方が対立した場合、買い手側の減額指摘に対しキチンと対応しないと厳しい。またデューデリジェンス後、回収不能売掛金や不良在庫など資産を減算する要素が見つかることが多く、減額要因となる。売り方は、買い方に対し簡易でも専門家の自社の売却査定額を受け、その根拠をしっかりもって価格交渉に備えるべきである。

 

中小ベンチャー企業経営者のための“超”入門M&A

中小ベンチャー企業経営者のための“超”入門M&A

佐々木 敦也

ジャムハウス

日本の中小ベンチャー企業がM&Aをどのように活用できるか、またすべきか、という視点に重きをおいてまとめた入門書。 元M&Aアドバイザーが客観的・中立的な視点で、大企業でない中小ベンチャー企業のM&A市場を概観し、M&Aの…

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