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インボイス制度導入が店舗不動産にもたらす影響
2021年10月1日から、2年後に導入される消費税の適格請求書保存方式(以下、インボイス制度)の適格請求書発行事業者の登録受付が開始した。
消費税の仕組みは、消費以外の経済行動には課税しない。生産・流通の過程の各事業者は仕入時に支払った税額を控除(仕入額控除)することができ、最終的に消費者に販売した事業者が消費者に税額を転嫁する。
現行制度では基準期間の課税売上高が1,000万円以下の事業者(免税事業者)であれば、その年は納税義務が免除される。免税事業者は販売先から消費税相当額を受け取って、その分を収益(以下、益税)としてきた[図表1左]。
しかし、2023年10月1日からインボイス制度が導入されると、仕入額控除には仕入れ先が発行した適格請求書が必要となる。適格請求書は、課税業者かつ登録をうけた適格請求書発行事業者でなければ発行できない。
2029年9月30日までは、経過措置で一定割合の仕入額控除が認められている※が、免税事業者からの仕入れは実質的な増税となるため、免税事業者は販売先から課税事業者となるよう求められると考えられ、過度な益税が抑制される見込みである。
※ インボイス制度導入後の適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れであっても、2023年10月1日から2026年9月30日までは仕入税額相当額の80%、2026年10月1日から令和2029年9月30日まで仕入税額相当額の50%を控除できる経過措置が設けられている。
不動産に関係する消費税課税は、売買時の建物価格、事業用建物賃貸の賃料、財・サービス販売などで、納税義務者は課税売上が年間1,000万円を超える事業者のほうが多いが、用途・業種によっては益税減少の影響が生じると思われる。その一つが美容室である。
美容室の運営は、一つの店舗に見えても、働いている美容師が業務委託を受けて別の個人事業を営んでいることが多い。この場合、仕入先が美容師、消費者への販売者は店舗となる。業務委託を受けた美容師が免税事業者で、益税を前提に業務委託報酬を決めているケースには益税の減少が影響する[図表1右]。
2015年の厚生労働省の調査によると、美容室の一人当たり客単価の最多価格帯は4,000円から5,999円である。1日に施術可能な客数や、平日と休日の繁閑差異を考慮すると、年間売上が1,000万円を超える美容師は多くはないはずである。
インボイス制度開始後は、業務委託先の美容師が免税事業者のままでは、店舗は仕入額控除が受けられない。美容師側は課税業者に転じるとともに、減少する益税分は業務委託報酬の支払い割合の引き上げなどで補填がされ、店舗の事業収支は減益となる場合が多いと思われる。
店舗運営において、人件費や固定費の変化は重要である。制度変更の影響は、エリアや用途に偏って現れることがあるが、この場合、表参道※エリアへの影響が強いと考えられる。
※ 表参道とは、住所が「東京都渋谷区神宮前」「港区南青山と北青山の一部」からなる商業地域を指す。
表参道は、美容室にとって客単価の高い顧客が集まるエリアである。東京都によると、2019年の東京都渋谷区の美容室の数は2,466軒(東京23区にある美容室の13.2%)、1km2あたりの美容室は163.2軒(東京23区は29.9軒)と美容室激戦区となっている[図表2]。
テナントに人気のエリアでは、賃料負担が大きいケースも多く、他の収支項目の変化の影響を受けやすい。競合店舗が多いと、業務委託美容師が良い条件を求めて勤務先を変える余地があり、美容師を引き止めるために報酬変更の交渉に応じた店舗側が減益となる可能性が高くなる。
また、表参道は国内有数の商業地域でありながら、他のエリアに比べて容積率が低い※。容積率とは、「敷地面積に対して建築可能な建物の延べ面積の割合」をいう。表参道の容積率は、最も高い「表参道駅上」でも700%、大半は200%と300%である[図表3]。店舗は容積率が高めのエリアに集積しているものの、他のエリアに比べて建物は小さいことが多く、1つのビルに対する1つのテナントの賃料負担力増減の影響が大きい。
※ 国内の繁華性の高い商業地域では700%から1300%の高い容積率がエリア全域に設定されることが多い。
業務委託をしている美容室であっても、インボイス制度の導入によって、ただちに事業が行き詰まるとは考えにくい。しかし、美容業全体の事業利益は引き下がると予想され、契約更新のタイミングで事業継続を断念するなど、美容室が定着する率は低下するかもしれない。
頻繁なテナントの退去は、不動産の収益獲得能力を低下させる。エリアの主要テナント業種に対してインボイス制度導入の影響がある場合は、その業種が負担可能な賃料水準の動向に注意する必要があると思われる。
渡邊 布味子
ニッセイ基礎研究所
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