(※写真はイメージです/PIXTA)

相続対策の必要性を理解していながら「あと回し」にしたことで、大変な問題を抱え込むケースがあとを絶ちません。本記事では、心身ともに健康で、相続対策にも前向きだった父親が認知症の診断を受けたケースを取り上げながら、実際に起こりうるトラブルについて見ていきます。相続問題の解決に定評がある、弁護士法人菰田総合法律事務所の國丸知宏弁護士が事例をもとに解説します。

認知症による判断能力の低下が招く「相続の不都合」

認知症といっても、その症状はさまざまです。認知症になり、判断能力が低下した場合、なにができなくなるのでしょうか。いくつか例を見て行きましょう。

 

(1)遺言書の作成 

認知症が軽度なら作成可能。しかし、相続発生後に遺言能力の評価を巡り、トラブルになるケースもある。

 

相続と聞けば、まず遺言書の作成を思いつく方も多いのではないでしょうか。すでに作成した方も、作成しないといけないと思いつつ、そのままになっている方もいるでしょう。

 

遺言書を作る場合、法律上、「遺言能力」というものが必要になります。簡単にいうと「自身が遺言しようとする内容を理解できている」能力のことです。認知症になったからといって、遺言の内容の理解ができなくなるということではありません。しかし、認知症が進行して遺言の内容を理解できなくなれば、遺言が作れなくなります。

 

また、仮に認知症が軽度で、なんとか遺言書を作ることが可能だったとしても、医師による「認知症」という診断名がつくわけです。すると、亡くなったあと、自分に不利な遺言書の内容になっている相続人が、作成時に遺言能力がなかったと主張して遺言書の効力を争う裁判を起こすといった、新たな諍いの火種になりかねません。

 

そのため、認知症の診断がつく前に遺言書を作成してしまう方がいいのです。

 

(2)生前贈与 

法律上は「贈与契約」となり、贈与者と受贈者の意思表示の合致が必要だが、認知症と診断された場合、意思表示に問題があると判断され、契約が取り消されることもある。

 

相続税の対策の一環として、贈与税における基礎控除枠(いわゆる暦年課税)を利用した生前贈与が利用されることがあります。これは、年間(1月~12月)110万円までの贈与であれば贈与税が非課税となるものです。

 

この枠を利用して、生前からコツコツと資産を引き継いでおくことで、相続時の財産が少なくなるという訳なのですが、ここで知っておいていただきたいのは、この枠内の贈与であるとして贈与税が掛からなかったとしても、死亡日から起算して3年前までの生前贈与には相続税が課されることになるため、生前贈与から3年以内に亡くなった場合は相続税が課税されるということです。

 

結局相続税はかかるのではないか、と思われるかもしれませんが、この場合も、相続税は通常、贈与税よりも税率が低いことから、一定の節税効果はあるといえます(生前贈与から3年経過してから亡くなった場合には、その生前贈与には相続税も課されないことになります)。

 

この生前贈与というのは、法律上「贈与契約」という契約によってなされるもので、贈与者(譲り渡す者)と受贈者(譲り受ける者)の意思表示が合致しなければならないとされています。贈与者が認知症等になることにより、この意思表示ができない状態になってしまうと、贈与契約における意思表示に問題があるとされ、契約が取り消されてしまう(なかったことになる)こともあります。

 

そのため、生前贈与についても、認知症等になる前に行うことが必要なのです。

 

(3)不動産の購入・賃貸 

不動産の購入も賃貸も「契約」であるため、判断能力がないと診断されれば、取り消されてしまうリスクがある。

 

相続対策として、不動産の購入を検討(一般的に、現預金より不動産のほうが相続時の評価額が下がるため)している方、あるいは、不動産賃貸による資産の評価減を期待して、土地購入からのアパート経営を検討している方もいるでしょう。

 

しかし、生前贈与が贈与契約であることと同じように、不動産購入は「売買契約」、借主への賃貸は「賃貸借契約」という契約です。つまり、生前贈与と同様に、契約における意思の合致が必要になりますので、不動産購入や賃貸をしようとすると、判断能力がなければ取り消されてしまう可能性があるのです。

 

そのため、不動産購入や賃貸についても、認知症等になる前に行う必要があります。

 

(4)その他 

日常的に必要となる、預金の解約や生命保険の契約なども、判断能力なしと診断されることで、できなくなってしまう。

 

ここまで紹介したのはあくまで代表的なものに過ぎません。判断能力がなくなった場合には、ほかにも、預金の解約や引出、生命保険の契約、養子縁組、株主としての議決権行使等の行為ができなくなってしまいます(なお、判断能力がなくなった方の財産管理をするために、通常は成年後見人を付けることになります)。

認知症の診断を受けたら、相続対策はほぼ不可能に

ここまででわかるように、認知症等によって判断能力が低下してしまうと、基本的に相続対策は一切できなくなってしまうと考えておいた方がいいでしょう。

 

冒頭に紹介した、認知症の父親を抱えた小川さんのケースも、結局、生前の相続対策はなにもできませんでした。

 

その事実を小川さん伝えたところ、「父とは以前から話をしていたのに、結局なにも対策できないのですね」と、非常に悔やまれておりました。

 

小川さんの父親のように、これまで元気だった方が突然認知症を発症することも十分に起こりうることなのです。「元気だからまだ大丈夫」と考えるのではなく、「元気ないまだからこそ、できることをはじめよう」と切り替えて頂き、元気ないましかできない相続対策を検討することを、強くお勧めします。

 

ここ数年は「終活」という言葉も浸透してきましたが、相談を受ける立場からすると、まだまだ具体的な対策を講じられている方は多くないという印象です。相続対策にもさまざまな種類があり、ものによっては目的を果たすまで時間を要するケースもあります。明日のことはわからないのだ、という意識を持って、いまできることから取り掛かっていきましょう。

 

※弁護士又は弁護士法人の場合、所属弁護士会を経て国税局長に通知することで、その国税局の管轄区域内において税理士業務を行っています。対応していない弁護士事務所もあるので、相談の際は事前のお問い合わせをお勧めします。

 

 

 

國丸 知宏
弁護士法人菰田総合法律事務所
弁護士

 

 

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