(※写真はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『フェイクニュース・デマ情報への法的対応・基礎編―①法的規制の概観と企業の取組み』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

本ニューズレターは、2021年8月31日までに入手した情報に基づいて執筆しております。

1. 他人事ではない「フェイクニュース」、「デマ情報」の問題

近年「フェイクニュース」や「デマ情報」が社会に与える悪影響が世界的に問題視され、各国でその対策が議論されています。選挙の候補者や政策等について虚偽の情報が流布されることによって、有権者の判断が歪められたり政治的分断が深まる、特定個人について虚偽情報が流布されることによりSNS等で激しい誹謗中傷がなされる、災害時や感染症に関連する虚偽の情報が流布して被害が拡大したり混乱が助長されるといった問題が連日報じられていますが、企業にとってもフェイクニュース・デマ情報の問題は対岸の火事ではありません。

 

会社の信用を傷付けるような虚偽の情報が流されれば、企業価値は大きく毀損されます。自社の提供する商品やサービスの品質を不当におとしめるような情報が流されたり、自社の役員・従業員に対していわれのない誹謗中傷がなされたりすれば、正常な企業活動が行えなくなるといった事態も生じ得ます。新型コロナウイルス感染拡大の初期には、「トイレットペーパーがなくなる」「〇〇が効くらしい」といったデマ情報が流布されただけでなく、複数の地域において、飲食店・宿泊施設等が感染者の立寄先や勤務先であると虚偽の情報を流され、風評被害を受けました。近時、ワクチン接種の副反応や後遺症について虚偽又は根拠のない情報が流布されていることが社会的に問題視されていますが、これは、ワクチン開発を行っている企業から見れば、自社の企業価値を毀損する虚偽情報等への対応が必要とされている状況ともいえます。

 

企業がフェイクニュースやデマ情報によって危機に立たされるといった事案は、過去にも存在しましたが※1、現代では、SNS等の普及により一般の利用者でも容易に情報発信が可能であり、また、多くのユーザがインターネット上のプラットフォームを通じて情報に触れることから、情報が広範囲かつ迅速に伝播する状況にあります※2。とりわけ、虚偽の情報はSNS上において正しい情報よりも早く拡散する傾向にある上とも指摘されています。また、個人の好みに合わせた情報が提供されるプラットフォームが多いことから、興味を持った内容や自分と類似した意見ばかりに触れ、意見の増幅・強化が起きる「エコーチェンバー(反響室)現象」)が、虚偽情報の拡散を促していることも考えられます。

 

※1 例えば、有名な豊川信用金庫事件においては、高校生が信用金庫に就職が決まった同級生に冗談で「信用金庫は(銀行強盗が入るかもしれないから)危ないよ」と話したことがきっかけとなりました。その会話をたまたま耳にした人から情報が伝わる過程で、豊川信用金庫の経営(信用状態)が危ないとの誤解が生じ、それが噂として町中に広まった結果、信用金庫の窓口に預金者が殺到する取り付け騒ぎがおきたとされています。

 

※2 デロイトトーマツは、直近1世紀のパンデミック発生時における情報伝達力を指数化し、スペイン風邪流行時(1918~1920年)の情報伝達力を「1」とした場合、SARS流行時(2002年)の情報伝達力はその約2.2万倍、新型インフルエンザ流行時(2009年)は約17.1万倍、新型コロナウイルスが流行している2020年現在では約150万倍にまで到達しているとの試算を公表している(https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/strategy/articles/cbs/information-epidemic.html)。


本稿では、こうしたフェイクニュースやデマ情報に対し、企業がどのように対応すべきか、法的観点を中心に基礎的な点から解説をします。今回は、法的規制の概観と企業の取組みにおける留意点について説明し、次回以降、本年4月に成立し2022年後半に施行される予定の改正プロバイダ責任制限法※3の概要やこれを踏まえた今後の展望、企業不祥事発生時における二次的被害としての虚偽情報対策についても紹介する予定です。なお、「フェイクニュース」という言葉は、その定義が明確ではなく、各国の公式な文書においては、「disinformation」(虚偽情報・偽情報)あるいは「misinformation」(誤情報)という用語が用いられることもあります。また、虚偽の情報が含まれるコンテンツについても、情報の真実性の度合いや、情報の受け取り手を欺き、他者に害を与える意図の強弱は様々です。本稿では、意図的に又は意図せず広められる虚偽もしくは不正確な情報であって、企業価値を毀損したり、正常な事業運営を妨げるおそれのある情報を広く検討の対象とすることとします。

 

※3 「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」の略称。以下本稿においてこの略称を用いる。

2. フェイクニュースに対する法的規制の概観

日本においては、フェイクニュースやデマ情報をスペシフィックに規制する法令はなく、虚偽の情報を発信しただけでその結果を問わず直ちに法令に違反することはありません。もっとも、企業に関するフェイクニュースやデマ情報を書き込んだ結果、対象となる企業に被害を与えたり、資本市場や公正な競争に悪影響を及ぼすといった結果を招いた場合には、以下のような法令違反に該当する可能性があります。

 

(1)信用毀損・偽計業務妨害

フェイクニュースやデマ情報によって他人の経済的な評価をおとしめる結果を招いた場合は、信用毀損罪(刑法233条前段)に該当することがあります。ここにいう経済的な評価には、支払能力等の財務面での信用だけでなく、販売される商品やサービスの品質に対する社会的な信頼も含まれます※4。また、他人の業務を妨害した場合には、偽計業務妨害罪(刑法233条後段)に該当し得ます。

 

※4 最判平成15年3月11日刑集57巻3号29頁参照。

 

したがって、「X社の商品は安全性に問題があり、健康被害も出ている」とか、「Y社は倒産寸前で銀行から融資を引き上げられそうになっている」といった虚偽情報を流した結果、これらの会社自体やその商品・サービスの信用が傷付いたり、クレームが殺到して正常な業務運営に支障が生じるといった自体が生じた場合には、これらの犯罪が成立し得ることになります。また、このような行為により具体的な損害が発生した場合には、民事上の不法行為(民法709条)にも該当し、損害賠償請求の対象となり得るものと考えられます。

 

(2)名誉毀損

フェイクニュースやデマ情報を流布したことにより、他人の社会的評価を傷付けた場合には、名誉毀損罪(刑法230条)に当たることもあり得ます。企業の役職員に対して過去の経歴や人格に問題があるかのような虚偽情報を流布させた場合、そのことが直ちに経済的な信用を毀損するには至らなかったとしても、客観的に見て当該役職員やその属する企業の社会的評価を不当におとしめたものとして、名誉毀損に該当する可能性があります。

 

名誉毀損行為についても、民事上の損害賠償請求(民法710条)が可能となるほか、名誉回復のための処分(同法723条)や、差止め請求が可能とされています。

 

(3)金融商品取引法違反(風説の流布・偽計)

上場企業やその商品・サービスに関する虚偽情報が流布された場合、当該企業の株価等にも影響が及ぶことがあります。このように、市場における相場の変動を図ることを目的として虚偽の情報や合理的根拠のない風評を不特定多数の者に伝達することは、金融商品取引法が禁じる「風説の流布」「偽計」(同法158条)に該当し、刑事罰や課徴金納付命令※5の対象となることが有り得ます。

 

※5 違反行為の抑止を図り法規制の実効性を確保するために、行政上の措置として金銭的負担を課す制度。

 

過去に摘発の対象となった風説の流布・偽計の事案は、その多くがポジティブな虚偽情報を流布することによって株価の高騰を図ったものでしたが、空売りをした上で、株価の値下がりを目的にネガティブなフェイクニュース・デマ情報を発信したような場合にも、風説の流布や偽計に該当し得るものと考えられます※6

 

※6 風説の流布・偽計ではなく、同じ金融商品取引法158条で禁止されている、相場変動目的での暴行・脅迫が問題となった事案として、ディスカウント・ストアに対する放火事件が著名である。同事案では、大手ディスカウント・ストア事業者の株式につき相場変動を図る目的で、同社店舗に放火し、新聞社宛に警告文を送信して同社役員に対し同社に危害を加える旨告知した会社役員が、放火と共に金融商品取引法違反でも処罰された。

 

(4)不正競争防止法違反・独占禁止法違反

やや限定された場面ではありますが、競合他社についてフェイクニュースやデマ情報を流す行為は、不正競争防止法で禁止されている営業誹謗行為(同法2条1項21号)にも該当し得ます。この場合、被害を受けた企業としては、民事差止・損害賠償・信用回復措置等を請求することができます。

 

また、競合他社について虚偽情報を流布することによりその取引を妨害する行為は、独占禁止法によって禁止されている不公正な取引方法(競争者に対する取引妨害。同法19条、一般指定14項)にも該当することがあります※7。この場合には、民事上の差止めの他、公取委による行政調査及び処分を求めることも考えられます。

 

※7 公正取引委員会「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」(平成29年6月16日)(https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/ryutsutorihiki_files/ryutsutorihikigl_2017.pdf

次ページ3. 法的措置のハードル及び近時の動向

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   沼田 知之

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