(写真はイメージです/PIXTA)

本連載は、ニッセイ基礎研究所が2021年8月5日に公開したレポートを転載したものです。

1―はじめに

本稿では、2021年の第204回通常国会で成立した改正「特定電子通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(略称はプロバイダ責任制限法)の解説を行う。

 

プロバイダ責任制限法は、その名の通り、ネット上の掲示板やSNSなどに他人の権利を侵害するコンテンツ(文章や音声、画像など)が発信され、流通したときに、コンテンツを流通させたプロバイダに責任を負わせないという規定と、そのようなコンテンツを発信したもともとの投稿者(法律上「発信者」の用語が使われているため、以下発信者という)の情報についての開示請求についての規定からなる法律である。

 

ここでプロバイダとあるが、まず頭に浮かぶのはツイッターやFacebookなどのSNS等であるが、構造は複層的であり、詳細は後述する。

 

今回の改正は、後者の、プロバイダからの発信者情報の開示について強化するものである。これについては、テレビのリアリティ番組の中で出演者がとった行動について、こころない誹謗中傷が沸き上がり、出演者の女性が命を絶ったという大変痛ましい事件がきっかけになったという。

2―現行法の概要

1.プロバイダの責任制限(現行法)

 

プロバイダ責任制限法の名前から想像するのは、巨大なプラットフォームであるSNSなどの事業者がそのコンテンツに責任を持たないということになりそうだが、少し順を追って整理してみよう。

 

まず、発信者、すなわち他人の名誉棄損となるコンテンツ、あるいは著作権を侵害するコンテンツを不特定の者によって受信されるようにネット上に流通させた者が、権利を侵害された被害者に対して一義的に責任を負うべきことが出発点である。

※法文上「不特定の者によって受信されることを目的」とされていなければならず(法第2条第1号)、たとえば一対一のEメールは対象とはならない。



他方、発信者には表現の自由があり、他人の権利を侵害しない限り(あるいは違法でない限り)、その表現は保護されなければならない。現代においてSNS等は意見を表明する場として大変重要であり、恣意的にSNS等のプロバイダから意見表明を排除されないよう保障されるべきとされる。

 

以上から、プロバイダ(法律上は「特定電気通信役務提供者」という(法第2条第3号))は、他人の権利侵害とみられるコンテンツを流通させている場合に、権利侵害とみられるコンテンツを送信した者(発信者)と権利を侵害されたと主張する者(被害者)との間の板挟みとなる。この点、プロバイダ責任制限法はプロバイダの責任について、以下のルールを置いている。

 

(1)情報の流通により他人の権利が侵害された場合、権利を侵害された者に対して、以下の場合を除いて賠償責任を負わない。すなわち、プロバイダが、1) 送信を防止することが技術的に可能である場合において、2) 他人の権利侵害を知っていたとき、あるいは 3) 情報の流通を知っていて、他人の権利侵害を知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるときである(法第3条第1項)。

 

他方、(2)情報の送信を防止する措置を講じた場合、発信者に対して、以下の場合には賠償責任を負わない。すなわち、プロバイダが、1) 措置が送信防止のために必要な限度において行われたものであって、2) 他人の権利を侵害していると信じるに足りる相当の理由があったとき、あるいは 3) 措置に同意するかどうか発信者に照会してから7日経過しても回答がなかったときである(法第3条第2項)。

 

[図表1]プロバイダの免責

 

条文は権利を侵害された者に対する免責と、発信者に対する免責で書きぶりが違う。まず、権利を侵害された者がプロバイダを訴えるときに、プロバイダ側の賠償責任を基礎づける「権利侵害を知っていた」等の要件については、権利を侵害されたと主張するもの側が主張立証する必要がある。

 

これに対し、発信者がプロバイダを訴えるときには、プロバイダ側の賠償責任の免責を基礎づける「権利侵害を知ることができた相当の理由があった」などの要件は、プロバイダ側が主張立証する必要があることを書き分けたという、いわば法技術的な問題による。

 

もう少しかみ砕くと、上記のそれぞれの主張立証に失敗すると、プロバイダは権利を侵害された者に対して原則的に責任を負わない一方、コンテンツを削除した場合には発信者に対して原則的に責任を負うということである

※なお、プロバイダ責任制限法第3条の2は選挙運動時の特例が定められているが、今回の改正とはかかわらないため説明を省略する。

 

2.発信者の情報開示請求権(現行法)


SNSの利用規約により、不適切・違法な書き込みや他人の名誉侵害にあたるコンテンツの投稿は、禁止されているのが通常である。したがって、名誉棄損となるコンテンツを投稿された者は、違反報告といった形でプロバイダへ申告し、コンテンツを削除してもらうことをまず行うこととなる。

 

しかし、いったん投稿されたコンテンツは、著名人や世間の注目を浴びた事件などに関して、リツイート機能や、ブログなどに引用されることによって無限に増殖しうる。ただ報道等によれば、SNS等で繰り返し攻撃を行うアカウントはさほど数多くはないことも多いようで、そのような場合は、少数の発信者を特定し損害賠償請求を行うことが有効と思われる。

※近時では、高速道路上のあおり運転の動画が投稿・TV放映されたところ、動画に映った人として、全く関係のない別人の個人情報が公表され、炎上したようなケースもあった。



権利を侵害された者は、プロバイダに対して発信者情報の開示を請求できる。プロバイダは、(1)権利侵害が明らかであるとき、(2)損害賠償請求など開示の正当な理由があるときのいずれも満たす場合に開示が求められる。この場合、原則として発信者の意見を聞かなければならないとされている(法第4条第1項、第2項)。

 

開示が求められるのは権利侵害が明らかな場合に限定されており、要件が厳格である。これは、開示されるのが、発信者の個人情報であるとともに、通信の秘密に深くかかわるからである。安易に情報が開示できないのは、プロバイダ責任制限法において、開示情報をみだりに用いて不当に発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない(法第4条第3項)とされているところからも読み取れる。

 

3.発信者の情報開示請求権の問題点


権利を侵害された者が発信者に対して損害賠償を行うにあたっては、発信者がどこの誰なのかを知る必要がある。ところで「1―はじめに」のところでプロバイダとはSNS等がイメージされるといったが、実際には「コンテンツプロバイダ」と「アクセスプロバイダ」の二種類が存在するのが通常である。

 

コンテンツプロバイダとはコンテンツ(文字・画像等)を送信(掲示)するツイッターやFacebookなどのSNSやブログサービス等が該当する。アクセスプロバイダとは、発信者がネットに接続するためのサービスを提供するもので、NTTが提供するフレッツ光やドコモのドコモネットなどがある[図表2]。

 

[図表2]コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダ

 

コンテンツを掲載するコンテンツプロバイダは、発信者が直接接続しているわけではなく、IPアドレスとタイムスタンプ程度の情報しか記録されていないことも多い。

 

IPアドレスとはインターネット上の住所と言われるもので、アクセスプロバイダが割り当てたインターネットの接続元がどこであるかの情報(数字の列で表される)である。コンテンツプロバイダに対して、一般には仮処分の申立てにより開示請求を行うことが多い。IPアドレスだけでは発信者の特定はできない。

※総務省「発信者情報開示の在り方に関する研究会最終とりまとめ」(令和2年12月)p4参照。

 

そこで、そのIPアドレスから誰が接続しているかを知るために、アクセスプロバイダに対して開示請求を行う必要がある。

 

訴訟によりアクセスプロバイダから発信者の住所・氏名の開示を受けることとなる。ただし、訴える順番としてコンテンツプロバイダ→アクセスプロバイダなので、コンテンツプロバイダに対して仮処分の訴えを起こしているうちに、アクセスプロバイダの記録(ログ)が消される可能性がある。

 

そのため、アクセスプロバイダに消去禁止の仮処分を行うことが通例である。権利を侵害された者は、以上の手続により発信者の住所・氏名の開示を受けて、発信者に損害賠償を提起する[図表3]。

※総務省「発信者情報開示の在り方に関する研究会最終とりまとめ」(令和2年12月)p3参照。

 

[図表3]

 

上記図表3を見るとわかるように、相手を変えて合計3回の訴えを提起する必要がある。政府の国会質疑によると、開示請求を初めて、発信者の住所・氏名の開示が行われるまで、だいたい1年半程度かかるものといわれる。

 

次ページ3―発信者情報開示制度の改正

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