(写真はイメージです/PIXTA)

本連載は、ニッセイ基礎研究所が2021年8月5日に公開したレポートを転載したものです。

3―発信者情報開示制度の改正

1ログイン情報の開示


現行法においては、条文上発信者情報とは権利侵害を行ったその時点での情報に限定されていて、発信を行う前提として、発信者がコンテンツプロバイダの利用者アカウントにログインしたときの情報は含まれるかどうか不明確であった。また、裁判でも肯定例と否定例がある。そこで今回の改正ではログイン情報も開示の対象にすることとした[図表4]。

 


[図表4]特定発信者情報以外の発信者情報と特定発信者情報

 

今回の改正においては、発信者情報を①特定発信者情報以外の発信者情報(=権利侵害をした際の通信そのものの情報)、②特定発信者情報(ログイン情報)の二つに分け、前者を原則的に開示請求可能とする一方、後者を例外的に開示請求できることとした(改正法第5条第1項、上記図表4)。

 

まず、①特定発信者情報以外の発信者情報は、発信者の情報(住所・氏名等省令で定める情報)について、(a)権利侵害が明らかであり、かつ(b)開示請求の正当な理由があるときに開示請求を行うことができる。

 

他方、②特定発信者情報とは、侵害関連通信(ログイン、ログアウトに利用した識別符号等の電気通信による送信)にかかるものとして省令で定めるものについては、上記(a)(b)に加えて、(イ)特定発信者情報以外の発信者情報を保有していないとき、(ロ)発信者の住所氏名など特定することに用いることのできる情報(省令で定める)を、特定発信者情報以外の発信者情報として有していないとき、あるいは(ハ) 特定発信者情報以外の発信者情報だけでは発信者を特定できないと認められるとき、のいずれかに該当する場合に開示請求をすることができる(改正法第5条)。

 

ログイン情報となるものとして、省令で定められる予定の項目としては、ログインなどにおけるIPアドレスと対応するポート(ポートとはIPアドレスをさらに細分化した住所といったもの。部屋番号とも呼ばれる)、電話番号(プロバイダがSMS認証を行った場合などに保有)などが挙げられている

※令和3年4月8日衆議院総務委員会議事録竹内政府参考人発言



また、アクセスプロバイダに対する発信者情報にかかる開示請求についても、法的に認められることが条文上明確になった(改正法第5条第2項)。

 

2.新たな裁判制度の創設


発信者情報開示請求は権利として規定されているため、従来通り訴訟としても提起できるが、今回これに加えて非訟手続として新たな手続きが加わった。非訟手続とは、当事者間の紛争という性格は少ないが、当事者間の法的関係を定める必要がある場合において、複数の当事者間の関係を裁判所が後見的な観点から介入をして処理をするものである。

 

訴訟と異なるのは、(1)公開の法廷では行われないこと、(2)当事者が対峙するのではなく裁判所が職権で探知を行い、口頭弁論ではなく陳述調書という形で当事者の意見聴取を行うことなどが挙げられる。発信者開示は、当事者間の争いという性格は弱いため非訟手続になじみやすく、柔軟な制度設計が可能になる。

 

そこで、本改正では、発信者情報開示命令という手続きが創設された。発信者情報開示命令では、改正プロバイダ責任制限法第5条第1項に定めるコンテンツプロバイダへの開示請求、および同条第2項に定めるアクセスプロバイダへの開示請求を、権利が侵害されたと主張する者の申立てにより命ずることができることとされた(改正法第8条)[図表5]。

 

[図表5]発信者情報開示命令手続フロー図

 

図表5をご覧いただきたい。まず権利を侵害された者が、コンテンツプロバイダを相手方として、裁判所に発信者情報開示命令を申立てる。裁判所は権利を侵害された者の住所地の裁判所または東京地裁、あるいは大阪地裁である(改正法第10条)。申し立てを受けた裁判所は、相手方(プロバイダ)に申立書の写しを送付するとともに、原則として陳述を聴かなければならない(改正法第11条)。

 

裁判所は、申し立てを行った者の申立てにより、コンテンツプロバイダ(法律上の文言は開示関係役務提供者)の情報によって、アクセスプロバイダ(法律上の文言は他の開示関係役務提供者)が特定できる場合には、アクセスプロバイダの氏名等情報を申立人に提供するよう命ずることができる(改正法第15条第1項1号)。

 

申立人に対してアクセスプロバイダの情報が提供されることで、申立人がアクセスプロバイダに対しても発信者情報開示命令申立てを行うことができる。

 

アクセスプロバイダにも申立てが行われた場合には、コンテンツプロバイダからアクセスプロバイダに対して発信者情報を提供することを、裁判所は命ずることができる(同項第2号)。コンテンツプロバイダからアクセスプロバイダに情報が行くことで、申立人には開示せずに、プロバイダ間で発信者を特定できるような作業を進めることができる。

 

また、申立人はプロバイダに対して、発信者情報開示命令申立て手続が終了するまで発信者情報を消去しないよう裁判所が命ずるように申し立てることができる(改正法第16条)。

 

裁判所は発信者情報開示命令について決定を行う(改正法第14条)。決定については、当事者(申立人またはプロバイダ)が異議の訴えを提起することができる

※ただし、申し立てを不適法として却下する決定を除く(改正法第14条第1項本文)。

 

異議の訴えに基づいた判決により、決定を認可、変更または取り消す(同条第3項)。決定を認可または変更して、発信者情報の開示を命ずるものは確定判決と同一の効力を有する(同条第4項)。また、異議の訴えが一月以内に提起されない場合または異議が却下された場合も、決定は、確定判決と同一の効力を有する(同条第5項)。

4―終わりに

今回の改正により、権利を侵害された側の負担は減少することが想定される。政府の国会答弁では、この手続きにより発信者情報開示までの期間が、数か月から半年程度に短縮することが期待されている。また、手数料も、切手代や弁護士代を別にすれば、一申立て当たり1000円の費用のみとのことである。

 

他方で気になるのが、いわゆるスラップ(Strategic lawsuit against public participation、SLAPP)訴訟である。個人が批判的言動を行ったことに対して、力のある企業や政治家などが民事訴訟を提起、あるいは提起を予告することで批判的言動を抑え込もうという企てのことを指す。

 

この観点からは、プロバイダからの発信者の意見確認(改正法第6条)、および開示請求にあたっての権利侵害の明白性要件(改正法第5条第1項第1号)が重要な論点となる。

 

今回導入された手続は非訟事件であり、裁判所の後見の下で行われるため、大きな問題とはならないと思われるものの、どのような運営がなされるかを注視していきたい。

 

 

松澤 登

ニッセイ基礎研究所

 

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