ISSでも研究が進む予防医学とは
宇宙空間は重力がなく、宇宙放射線の影響も強いので、宇宙医学として研究が進んでいます。宇宙航空研究開発機構(JAXA)も、宇宙生物医学研究所(J-SBRO)を設立し、国際宇宙ステーション(ISS)で長期間を過ごすことになる宇宙飛行士の健康管理に関する研究をしています。
JAXAのホームページによると、重力が微小な宇宙環境では、「宇宙酔い」が、早い人では数分から数時間以内に発生します。主な症状は、吐き気や嘔吐、頭痛、倦怠感、食欲不振などで、3日から5日で治ります。
宇宙酔いの原因はよくわかっていませんが、地上では視覚情報と、体の平衡感覚を司る前庭器官で感じる情報、筋肉や腱の深部感覚の情報を組み合わせて体の動きや位置を把握しているのに、宇宙空間では重力がなくなるので、脳が混乱して、宇宙酔いが起きるのではないか、と考えられています。重力がないせいで筋肉が衰えるほか、骨からカルシウムが溶け出して骨折しやすくなったり、尿路結石を起こす可能性もあります。
船外活動を行う際に、宇宙飛行士は高レベルの宇宙放射線に曝されます。そのため、J-SBROは、月面でのミッションを安全に行えるよう「月面開拓医学」も研究しています。月面では重力が地球の6分の1しかなく、月の表面にある鉱物性のダストの影響も受けることになるので、今後ますます重要な研究分野になっていきそうです。
また長期間、宇宙の閉鎖的な狭い空間で過ごすことで、宇宙飛行士は常に心理的・精神的ストレスを受けることになります。1999〜2000年にかけて、ロシアの生物医学問題研究所の施設を使って、閉鎖環境実験も行われました。
これは、国際宇宙ステーション(ISS)内で、さまざまな国から来た宇宙飛行士が長期間滞在するミッションを想定したもので、ロシアや日本、カナダ、欧州など10か国の研究機関が参加して実施されました。言葉の壁が原因でコミュニケーションうまくできずに苛立ったり、性別や文化の違いによるストレスなどの問題が明らかになりました。
現在、ISSでは、宇宙飛行中や飛行後の体への影響を最小限にする対策や、宇宙放射線障害を予防するための研究、軌道上の宇宙飛行士の健康管理や治療などの医療技術に関する研究などが行われています。
宇宙旅行の時代がすぐそこに
宇宙飛行士のように、特別な訓練を受けていない人でも、宇宙を体験する時代もすぐそこまで来ています。
今年7月20日には、アマゾン創設者のジェフ・ベゾス氏が、短時間の宇宙旅行に成功しました。これは、ベゾス 氏が設立した航空宇宙企業ブルーオリジン社にとって、初の有人飛行です。この宇宙旅行に同席する切符はオークションにかけられ、2800万ドル(約31億円)という高額で落札され、話題になりました。
当日は、テキサス州の民間発射場から、再利用型のロケット「ニューシェパード」が打ち上げられ、地上約100kmまで上昇し、クルーが乗ったカプセルを分離。カプセルに搭乗したベゾス氏ら4人は、約4分間の無重力状態を体験し、カプセル内で宙返りをする動画が公開されました。カプセルは地上から約100kmの高度まで落下した後、パラシュートを開いて降下し、テキサス州の砂漠地帯に無事に着陸しています。
ニューシェパード打ち上げの10日前には、起業家として世界的に有名なリチャード・ブランソン氏も宇宙旅行を楽しんでいます。ブランソン氏が保有するヴァージン・ギャラクティック社の場合は、パイロット2人、乗客6人乗りの小型宇宙船を利用します。ニューシェパードと同様、高度約100kmまで上昇した後、4分間ほど無重力状態を体験できます。
その後、一定の高度まで降下すると、通常飛行モードになり、普通の飛行機のように滑走路に着陸しました。ヴァージン・ギャラクティック社は、18歳以上の健康な人を対象にした宇宙旅行を、2022年以降、開始する予定です。
このように、高度約100kmまでを往復することを「サブオービタル飛行」といいますが、内閣府は「サブオービタル飛行に関する官民協議会」を2019年に立ち上げ、実現に向けて必要な環境整備を検討しています。宇宙飛行機を開発し、宇宙旅行や、宇宙太陽光発電所の建設、小型衛星の空中発車など、さまざまな用途での利用が期待されています。
ちなみにサブオービタル軌道での宇宙旅行は、2040年度には約8800億円の市場になると予測されています。2040年頃には、月面に1000人が住み、年間1万人が月面を訪れるという予測もあり、今後、宇宙開発は急速に進展していくことになりそうです。それと共に、宇宙医学のニーズも高まっていくことになるでしょう。