(※写真はイメージです/PIXTA)

2021年の大河ドラマ「青天を衝け」の主人公・渋沢栄一は、日本の近代社会のさまざまな分野において大きな影響を与えてきた大人物。令和時代になった今も、その偉業が各地に残っています。渋沢さんがどのようにして偉業を成し遂げるまでになったのか、歴史好きとして知られるお笑い芸人のビビる大木さんが解説します。※本連載は、ビビる大木氏の著書『ビビる大木、渋沢栄一を語る』(2020年刊行、プレジデント社)より一部を抜粋・再編集したものです。

現代にも数々の偉業を残す…「渋沢栄一」はどんな人?

「渋沢栄一」さんは「享年91歳」と、とにかく長生きされた方でした。読者のみなさんは、渋沢さんがどんな人か、答えられますか?

 

「お札に肖像が描かれることになった人」

「『論語と算盤』を書いた人」

「たくさんの会社をつくった人」

 

少なくとも、この三つの答えのうち、一つでも答えられたら、十分ではないでしょうか。実は僕も、つい2ヵ月ほど前までは、「名前は聞いたことがある、でも何をした人なのか、詳しいことはわからない」という状態でした。

 

それでは、次に挙げる会社は、みなさんよくご存じではないですか?

 

みずほ銀行、三菱UFJ銀行、りそな銀行、東京電力、東京ガス、帝国ホテル、東宝、サッポロビール、東洋紡、王子製紙、清水建設、川崎重工業、太平洋セメント、いすゞ自動車、東京海上日動、朝日生命、第一三共…。

 

日頃お世話になっている会社がたくさんありますが、実はこれらの会社はすべて、渋沢さんが創業に関わったとされている会社なんです。その中で、特に有名な会社を挙げましたが、彼が創業に関わったとされる会社の数は500社以上あります。何度聞いても驚きの数字ですね!

 

そのうち、令和の時代の今も186社ほどが現存しているそうです。それだけでも十分に、渋沢さんの偉大さが伝わってきます。

 

他に、財界面では、東京商工会議所や東京証券取引所の創立に関わり、教育面では一橋大学、東京女学館、日本女子大学、早稲田大学、二松學舎大学などたくさんの大学に関わっています。また、聖路加国際病院や東京慈恵会医科大学付属病院、日本赤十字社といった医療・福祉関係への支援など、社会貢献活動も積極的に行っていたそうです。

 

日本の近代社会のさまざまな分野において大きな影響を与えてきた渋沢さん。彼がどんなふうに偉業を成し遂げるまでになったのか、幼少期からさかのぼってみたいと思います。

 

ビビる大木、渋沢栄一を語る

ビビる大木、渋沢栄一を語る

ビビる 大木

プレジデント社

歴史好き芸人・ビビる大木が、 同郷の偉人・渋沢栄一の遺した言葉を紐解く! 「はじめまして、こんばんみ! 大物先輩芸人と大勢の後輩芸人の狭間で揺れる40代『お笑い中間管理職』の僕。芸人としてこれからどうやって生き…

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