ビビる大木が「どうしてもネッシーが見たい」とお願いした理由

自分が出演した番組を見ないというお笑い芸人が実は多いといいます。それはなぜでしょうか。ビビる大木氏が著書『ビビる大木、渋沢栄一を語る』(プレジデント社)で明かします。

【関連記事】夫婦合わせて収入「月48万円」だが…日本人の「平均的な暮らしぶり」の厳しい現実

おじさんになったから大切なモットー

ビビる大木:僕のモットー「心はいつも半ズボン」
渋沢栄一:得意なときと、失意のときと

 

僕の人生のモットーは、「心はいつも半ズボン」という言葉です。誰か有名な方の言葉ではなく、自分で考えた言葉です。

 

どういう意味かと言いますと、「何歳になろうとも常に少年の気持ち、子ども心を持って生きていこう!」というものです。おじさんになってきましたから、この言葉が持つ意味の深さは重要です。どんなにおじさんになって、ビジネスの打ち合わせでビジネスの話をしていようが、この気持ちをどこかに持ちながら生きることが大切です。

 

ここ数年、テレビを見ていると、隙のある人間のほうに人気が集まります。ツッコミどころのある人、何か抜けている人など、「どこか憎めないなあ」という方がみんなから愛されます。

 

以前は、コンビでいると、ネタを書いているほうが評価されて、おもしろいという傾向がありました。現在はネタを書いていないほうがかわいい、何か見ていて安心する、癒やされるみたいな取り立てをされています。変わってきているなと思います。

 

相方だけがテレビに呼ばれ、自分はあまり呼ばれない、そんなコンビも出てきます。そういうときに、「心はいつも半ズボン」という言葉を知っていると、呼ばれない相方はどこか遊び心というか、そういう自分になることで心の持ち方も変わり、あまり苦しいと思わなくなるのではないでしょうか。

 

僕は渋沢さんも、「心はいつも半ズボン」の心を持っていたと思います。その心を持っていたからこそ、いろいろな女性の方とお付き合いできたし、30人以上の子どもをもうけることもできたと思うのです。子どものような好奇心がないと、これだけの事業を成し遂げることだって、できないはずです。

 

「名声とは、常に困難でいきづまった日々の苦闘の中から生まれてくる。失敗とは、得意になっている時期にその原因が生まれる」

 

この言葉は真理であると渋沢さんはおっしゃっています。得意のときにも調子に乗ることなく、失意のどん底にあっても些細なことを大切にする姿勢に、人は信頼を寄せるのです。その言葉の意味に、「心はいつも半ズボン」も少しは重なると思います。

 

【オンライン開催(LIVE配信)】6/21(火)開催決定!
インドアゴルフ事業は次なるステージに突入します!
FCビジネスだけではない、新しいビジネス事業投資が登場
「シミュレーションゴルフ事業」投資の全貌 >>>>

ワタナベエンターテインメント 芸人

1974年9月29日生まれ。埼玉県春日部市出身。1995年、渡辺プロダクションに所属し、コンビ「ビビる」を結成。2002年にコンビ解散、以後ピン芸人としてマルチに活躍中。

現在、テレビ東京「追跡LIVE!SPORTSウォッチャー」、テレビ東京「家、ついて行ってイイですか?」、中京テレビ「前略、大とくさん」でMCを務める。

趣味は幕末史跡めぐり。ジョン万次郎資料館名誉館長、春日部親善大使、埼玉応援団、萩ふるさと大使、高知県観光特使など、さまざまな観光・親善大使を務める。

【主な著書】
『覚えておきたい幕末・維新の100人+1』(本間康司・ビビる大木著、清水書院)
『知る見るビビる』(ビビる大木著、角川マガジンズ)

著者紹介

連載ビビる大木、渋沢栄一を語る

※本連載は、ビビる大木氏の著書『ビビる大木、渋沢栄一を語る』(プレジデント社)より一部を抜粋・再編集したものです。

ビビる大木、渋沢栄一を語る

ビビる大木、渋沢栄一を語る

ビビる 大木

プレジデント社

歴史好き芸人・ビビる大木が、 同郷の偉人・渋沢栄一の遺した言葉を紐解く! 「はじめまして、こんばんみ! 大物先輩芸人と大勢の後輩芸人の狭間で揺れる40代『お笑い中間管理職』の僕。芸人としてこれからどうやって生き…

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

登録していただいた方の中から
毎日抽選で1名様に人気書籍をプレゼント!
会員向けセミナーの一覧
TOPへ