もう1つ分かったのは、母親に自筆証書遺言を作らせていたということです。いっぽうに有利に、他方に不利な内容の遺言でも、母親自身が書いたのであれば、その遺言書は有効です。今回の内容は「全財産を弟に譲る」というものを母が書いてしまいましたが、内容は有効です。
ただし、清水さんには「遺留分」というものを請求できるので、一部母親の財産を取得することができます。「遺留分」とは、亡くなった被相続人の兄弟姉妹以外の近しい関係にある法定相続人が、最低限の割合で財産を保障されるというものです。
母親に万一のことがあった場合の法定相続人は、清水さんと弟の2人です。清水さんの法定相続割合は2分の1です。遺留分は、そのさらに2分の1、つまり全体の財産の4分の1を取得できるというルールです。この遺言は母親の意思とは反していましたし、この遺言を有効にすることは、弟の身勝手な行動を許すことになるので、清水さんは、この遺言を無効にしようと決心しました。
遺言は後から作ったものが有効に
もし、相続が発生し、遺言を2通見つけたら、どうすればよいのでしょうか。答えは、「後から作成された遺言が有効になる」です。遺言の種類は関係なく、先に作ったものが、公正証書遺言によるもので、あとから作ったものが自筆証書遺言によるものでも、または、その逆でも、どちらも有効な内容であれば、あとから作った遺言が有効です。
今回の遺言は、遺言者も、清水さんも納得がいく内容ではないので、「もう一度遺言を作り直そう」ということになりました。幸いにして、母親は意思判断能力がしっかりしているために、遺言作成が可能だったからです。しかし、弟を交えず、一方的に遺言書を作成するのでは、最初の遺言と同じで、今度は弟が不満を持つでしょう。そのために、時間が許す限り、弟が帰ってくるのを待ち、母親、弟、清水さんの3人が揃って遺言書を作成することに決めました。
清水さんが10年間疎遠になった弟にメールを送っても、最初は返事がきませんでした。しかし、諦めずに、SNSや電話で連絡を入れ続けたことで、弟の心を動かすことができたようで、ある日、返事が来たのです。とうとう遺言を3人で一緒に作成することができるようになり、内容もまとまりました。今度は公正証書遺言で作成をすることにしました。公正証書遺言にした理由は、自筆証書遺言に比べ、費用も時間もかかりますが、
1.改ざんリスク、紛失のリスクがない
2.遺言者が亡くなった後行われる、裁判所の「検認」が不要になる
3.遺産分割協議の必要がなくなる
というメリットが、清水家にとっては魅力に思われ、公正証書遺言を選びました。
公正証書遺言を作成し、清水さんは「今までの苦悩が嘘のよう、今後のことについて、家族全員で共通認識ができ、家族仲も元に戻りました」と笑みを浮かべながら東京に帰って行きました。
※本記事で紹介されている事例はすべて、個人が特定されないよう変更を加えており、名前は仮名となっています。