産業に国家が介入するのは「最初の一滴」を与えるため
そもそも21世紀には牧歌的自由貿易説、比較優位説が成り立たない事情があったことが以下点から指摘される。
●企業内工程間国際分業一般化→例えば米国のデータベースを素材として使い、シンガポールで製品として完成させ、日本のブランドとフランチャイズに乗せて欧州で販売するといった企業内の国際分業もあるだろう。このような分業の場合、各国間の仕切りで付加価値の国ごとの配分が変わる、圧倒的配分はHQ(本社所在国)に配分されるが、それは比較優位や、要素費用均等化の法則にはなじまない
●直接労働工程はいずれすべて無人化していく→製造工程編成のノウハウが鍵に、マザー工場の役割が決定的
等である。
通商産業政策により国家が介入することの意義を、ノーベル賞を受賞したポール・クルーグマンの新貿易理論を紹介することで確認しておきたい。
古典的自由貿易論の限界に対して、1980年代クルーグマンの提起した新貿易理論は、国際分業と貿易発生の原因を、産業の地域集中がもたらす規模のメリットによってコストが低下すること(つまり収穫逓増)に求めた。
そして特定地域に産業集積をもたらすものこそ、神から与えられた天性ではなく、後天的な第二の天性である、と考えた。
第二の天性とは、偶然や政策などによって事後的に備わった特性であるが、それはあたかも遺伝子のごとく、最初は小さなものであっても、将来の発展を運命づけるものである。
何が産業集積を導くきっかけになるか、シリコンバレーにはスタンフォード大学の存在と優秀な技術者を魅了する素晴らしい天候、自然があった。インドのバンガロールの場合、政策が決定的であった。デトロイトの場合には、自動車産業の創業者ヘンリー・フォードの故郷という偶然が自動車産業の地域集積をもたらした。
そしてどの場合にも最初の一滴が重要であった。それはつららの形成と良く似ている。
冬になると北海道などの寒冷地では雨どいから大きなつららが垂れ下がるが、なぜ特定のポイントからだけつららが成長するのだろうか。それは、最初の一滴がそこから落ちたため、としか言いようが無い。
雨どいに何か小さなゴミが付着していたためそれに伝わって水滴は下落したのかもしれない。またペンキの塗り方が不均等で凹凸ができていたためかもしれない。
何かの理由で最初の一滴が決まり微小なつららが誕生すると、二滴目は必ず同じ地点から落ちる。三滴目、四滴目と続いてつららは成長することとなる。やがて大きなつららが形成されるが、それは最初の微小な一滴がどこから落ちたのかで全て決まってしまう。
集積の履歴効果が更に効率を高め競争力を一段と強める。クルーグマンはハイテクのシリコンバレー、航空機のシアトルはたまたまルーレットが止まったところと称しているが、最初の一滴が、いわゆる外部性(externality)を著しく高め、企業同士や労働者、技術者が近接して立地するメリットをより大きくする。
このように事後的な力が最初の一滴をもたらし将来の運命を決めるとなると、自由貿易ではなく管理貿易、通商政策、産業育成策などの政府の介入も時には必要となる。
第二の天性を政府が介入によって付与する意義は大いにある、ということになる。この最初の一滴の効果が、ハイテク産業では極大化しているのである。
こうした一連の議論は、市場メカニズムつまり市場による最適資源配分には限界がある、ということを示している。
以上検討してきたように、大きな政府を不可避とする決定的な事情が存在している以上、この趨勢は不可逆的なものである、と考えられる。
かつて通産省主導の超LSI技術研究組合(1976~1980年)の成功は、日米通商摩擦時に大きな批判を浴びた。以降、財政赤字の増加もあって日本政府は産業技術支援に及び腰になってきたが、そのスタンスを大転換させる覚悟が必要であろう。
武者 陵司
株式会社武者リサーチ
代表
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