認知症の父親は加齢に伴い耳の聞こえが悪くなってきたという。テレビの音は大音量となり、隣近所に迷惑がかかっているという。さらに困るのが普段の父娘の会話だという。ついには100円のホワイトボードで筆談も開始した結果とは…。連載「見つめてひらめく介護のかたち『楽しむ介護』実践日誌」の著者の黒川玲子さんが認知症の父を在宅で介護する日々を現場報告する連載特別編をお届けします。

100円のホワイトボードの筆談で会話はできたか

「この耳毛が外からの音を阻害しているにちがいない」と確信した私は、耳毛カッターを購入しじーじの耳毛を綺麗にしてあげることにした。いきなり耳毛そりをしようとするものだから、じーじは激しく抵抗したが、「いい男になるんだからちょっと我慢して」の一言で、納得。かなりの音がするが、じーじにはあまり聞こえないらしく、「だれか庭で芝刈りをしているのか」と言うほどだ。

 

が……、作戦は失敗。耳毛はきれいにカットされたが、相変わらず聞こえない。

 

これは、耳の入り口ではなく、奥に問題があるのだろう。きっと耳垢が蓋をしているから音が聞こえないに違いないと考え、その後、耳鼻科へ連れて行った。きれいに耳垢のお掃除をしてもらうも、まったく改善は見られない。またまた作戦は失敗なのである。

 

「じーじ、夕飯できたよ」と声を掛ければ、「5月なのに、雪が降ってきたのか?」と、「ゆ」という音しか聞こえていないらしく、まったく会話が成り立たない。困ったものである。

 

じーじの耳元で、一文字一文字ゆっくり大きな声で話してみるが、「へい?っ」と聞き返すじーじ。私は、だんだんイライラするので、夕飯なんて文字数の多い言い方はやめにして「ご~・は~・ん~」とさらに大きな声を出す。

 

すると「うるさいな、聞こえている」とじーじ。二人でイライラ星人に変身してしまい、楽しいはずの夕飯の時間は台無しになるという悪循環。どうにかならないものかと考えていた時に

 

ピカッとひらめいた。じーじは字が読めるではないか!筆談だよ!筆談!

 

そこで、100円均一のお店に行き、ホワイトボードを購入。何回か話しかけても聞こえない時にはホワイトボートに伝えたいことを書いて見せるという作戦だ。

 

その日の夕食の時間、ついにホワイトボードの出番が現れた。テレビを見ながらコロナの話をしている。その時「マンボーって言ったらいかんのだろう、正式名称はなんていうんだ」とじーじ。「まん延防止等重点措置だよ」と答えたが「へっ?」「えっ?」こんな長い文章聞き取れるわけもない。そこで「まん延防止等重点措置」とホワイトボードに書いて見せたところ。「お~、まん延防止等重点措置か」と作戦成功。

 

これで、会話がスムーズになりストレスが減ると思ったが……。

 

ホワイトボードを貸してくれと、なんと声を出さずジェスチャーで表現するじーじ。思わず、私まで「これ?」と指をさしてじーじに渡したところ、なにやら一生懸命文字を書きだした。書き終わると、無言でホワイトボードを指さした。

 

そこにかかれていた文章は、

 

「俺はいつ、ワクチンが打てるのか」

 

だった。

 

お~い、じーじ。「私は耳遠くありませんから~~」と、爆笑しながら答えると、これは聞こえたらしく大爆笑するじーじ。100円のホワイトボードでお互いのイライラは解決したのであった。

 

黒川 玲子
医療福祉接遇インストラクター
東京都福祉サービス評価推進機構評価者

 

認知星人じーじ「楽しむ介護」実践日誌

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わけのわからない行動や言葉を発する前に必ず、じーっと一点を見据えていることを発見! その姿は、どこか遠い星と交信しているように見えた。その日以来私は、認知症の周辺症状が現れた時のじーじを 「認知症のスイッチが入っ…

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