こんな人材が日本にも欲しかった。オードリー・タン。2020年に全世界を襲った新型コロナウイルスの封じ込めに成功した台湾。その中心的な役割を担い、世界のメディアがいま、最も注目するデジタルテクノロジー界の異才が、コロナ対策成功の秘密、デジタルと民主主義、デジタルと教育、AIとイノベーション、そして日本へのメッセージを語る。本連載はオードリー・タン著『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)の一部を抜粋し、再編集したものです。

新型コロナウイルスはSARSと同じではない

このように、両親はともに「子供の探求心を抑えつけてはいけない」という強いポリシーを持って、私を育ててくれました。

 

父は、私に「標準的な答え」を与えようとはしませんでしたし、そんな答えがそもそも存在すると思っていなかったようです。あらゆる思考の機会で、一見標準的な答えのように見える場合、そこには必ずいくつかの前提条件が必要であって、その条件を満たしている場合にのみ、「標準的な答え」が有効となると、父は考えていました。

 

このように、前提条件が変わっているのに、いつまでも古い考えにしがみついているとすれば、そこにはクリティカルシンキングは存在しないということになります。しかし、前提条件が変わったときに、今まで慣れ親しんできた考え方を手放して、新しい考え方を得るにはどうしたらいいでしょうか。

 

そんなときは、周りの人の気持ちにもっと注意を払うべきなのです。多くの人が「この方法であれば、受け入れられる」というものがあれば、新たな領域に踏み出す一つの方向性となります。もし誰かが「こうした方向には進みたくない、これは好きではない」と述べた場合は、これらの考え方もまた考慮に入れる必要があるでしょう。それにより最終的にみんなが受け入れられる方向に向かって新しい解決方法を創造していく。これが私の考えるクリエイティブシンキングです。

 

「古いものに対する考えから、現在の私たちが注意を払うことで新しい方向性を導き、未来に向けた新しい考えを提示する」という一連の流れは、様々な事柄に対して標準的な答えに囚われないための方法でしょう。父はこのようなスキームで思考をしていましたので、私も物心ついたときから自然とこの手法で物事を討論してきました。それが私の自立心を育んだのでしょう。

 

たとえば、今回の新型コロナウイルスは、今まで誰も見たことのない新しいパンデミックウイルスです。2003年に流行したSARSのバージョン2.0とも言えますが、当然ながらSARS1.0と同じではありません。したがって、両者を同じものであるかのように扱うのは、誤りです。

 

その一方で、常に柔軟にウイルスへの対応を変えていく必要があります。「マスクを着用する」「物を触った手で口を触らない」「石鹸で手を洗う」│これらのコンセンサスは広報する必要がありますが、そうしているうちに私たちは新型コロナウイルスの性質を理解していきます。このようにして新しい常識がゆっくりと広まっていくのです。

 

重要なのは、このウイルスへの理解が増していく中にあっては、SARSに対するような、以前から知られていた標準的な答えはまったく参考にならないということです。なぜなら、新型コロナウイルスはSARSとはまったく異なるウイルスだからです。その意味で、今回のパンデミックは、人類が古い考えを捨てて新たな考え方を得るために、全世界で一斉に行われた一つの試験のようなものであったように思います。

 

 

 

 

オードリー・タン
台湾デジタル担当政務委員(閣僚)

 

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2020年に全世界を襲った新型コロナウイルス(COVID‐19)の封じ込めに、成功した台湾。その中心的な役割を担い、2020年新型コロナウイルス禍においてマスク在庫管理システムを構築、台湾での感染拡大防止に大きな貢献を果たす。…

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