今回は、令和3年度税制改正による押印廃止と、「争族」での押印の重要性について、岡野雄志税理士が相続トラブル事例について解説していきます。※プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

甥の押印拒否で遺産分割協議が…

Nさんの母親が亡くなり、相続が発生しました。父親はすでにこの世を去っていて、法定相続人はNさんと兄、そして亡き姉の息子、つまりNさんの甥です。姉が他界しているので、その子どもである甥が代襲相続人となります。

 

Nさんの母親は遺言書を残していなかったため、遺産分割協議は最初から揉めに揉めました。Nさんの母親と同居していた甥は、「おばあちゃんは自宅や田畑、預貯金など全部を僕に遺すといっていた」と主張。これに兄が猛反発し、自分たちにも民法で保障された権利「法定相続分」があると反論しました。

 

遺産分割協議のはじめこそ、兄も「こんな古い家、維持していくのは大変だ」「農家を続けるのも苦労するだけだ」と、穏やかに実家と田畑を売却して遺産分割することを甥に説得していました。しかし、首を縦に振らない甥に、兄の言葉も次第に激化していきました。

 

(写真はイメージです/PIXTA)
(写真はイメージです/PIXTA)

 

実は、Nさんの姉は甥が小学生のころ、離婚して実家に戻ってきたのでした。姉と甥に遠慮して、兄妹は家を出て都会で働くようになりました。父親の相続発生時、兄とNさんは姉や甥の暮らしを考えて相続放棄しました。「また放棄させる気か」と兄はいいだしました。

 

本来なら、「長男である自分が実家や田畑を継ぐはずだったのに」という思いが、兄にはあるのかもしれません。その思いを封じ込め、都会で頑張って働き、家庭を築き、最近、事業を興したばかりです。Nさんにしても、住宅ローンや子どもの教育ローンもあります。

 

兄も、Nさんも、二度目の相続放棄は考えられません。ついに兄は、弁護士を立てて、甥の説得にかかりました。兄の弁護士は、具体的な遺産分割案を作成し、甥に合意を促しました。甥が承諾し、遺産分割協議書に押印すれば、この「争族」も無事終了します。

 

しかし、20歳の若い甥は、断固としてそれを拒否しました。遺産分割協議は、法定相続人全員が合意しないと決着しません。業を煮やした兄と弁護士は、「こうなったら、家裁の調停に持ち込むしかない」といってきました。

 

「遺産分割調停」は、家庭裁判所の調停委員会が仲介役をして、相続人同士が話し合う手続きです。調停でも相続人全員の合意が得られず、不成立となれば、次は裁判官が遺産分割方法を決定する「審判」となります。

 

調停を経て審判となると、日数も要します。相続税申告・納付期限は、相続発生の翌日から10ヵ月。それまでに遺産分割が決まらない場合、一旦は法定相続分で申告・納税します。遺産分割協議が整い、法定相続分と異なれば修正申告または更正の請求となります。

 

ここで、あらためてNさんは少々不安になってきました。「もし法定分で分割相続したら、そのあと、甥は暮らしていけるのだろうか?」……分割を主張しておきながら、甥を心配するのも矛盾しているようですが、Nさんの気持ちが揺らぐのには、実は理由があったのです。

 

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