日本の中小企業では「後継者不足」が問題になっており、「事業承継」は有効な対策の一つです。今回は、事業を引き継ぐ3人の兄弟に平等に株式を分散させていたことが業績悪化の一つの要因となった事業承継の失敗例から、事業承継を成功に導くヒントを解説します。※本連載は、中野公認会計士事務所の著書『失敗しない理由がある 事業承継の成功例失敗例』(中央経済社)より一部を抜粋・再編集したものです。

長男が38歳で社長に就任、二男と三男も取締役に

家族としては兄弟平等でも、会社の後継ぎとして経営を任せる者は、大一郎であるという暗黙の了解で会社経営は進められました。

 

大一郎は、入社して間もない頃は、印刷現場、営業、管理と会社の各部門を回りましたが、取締役になると、その後は対外的にも後継者として、父龍一を補佐しながら徐々に経営権の移譲を進めました。

 

大一郎が取締役になる直前に平三郎が入社し、大一郎が常務に昇格した頃に、昭二郎が大手印刷会社を退社して帰ってきました。昭二郎は、大手印刷会社では専ら営業を担当していたので、最初の数年間はみやび印刷でも営業を担当しました。

 

そして、大一郎は38歳で社長に就任し、龍一は会長になりました。同時に昭二郎と平三郎は取締役になりました。そして、昭二郎は営業から財務・経理を担当することになります。

 

この配置は、営業では兄の大一郎と役割がバッティングすることが表向きの理由でしたが、実は、龍一が印刷業界の先行きの不透明さを危惧して、管理部門の強化を図る目論見もありました。

 

そこには、兄弟で力を合わせて大一郎率いるみやび印刷を盛り立てて欲しいという思いがあったに違いありません。大一郎が社長に就任した時期は印刷業界の業況も良く、時代環境としても自身の年齢もまさに順風満帆の時期でしたが、それも束の間、印刷業界は急速に市場の縮小が始まります。

株式を集約しておらず、「相続納付税」が1億円も増加

会社の後継ぎは、長男である大一郎という暗黙の了解がありましたが、株式が大一郎に集約されることはありませんでした。龍一は、会社に入った者にはそれぞれに経営に対する責任感を持つ必要があり、そのためには株式をほぼ均等に持たせなければならないという考え方からでした。

 

しかしながら、みやび印刷が順調に業績を上げていく一方、大一郎が入社した当時に比し、自社株の評価額が3億円以上も上昇しており、相続税納付額は1億円増加していました。相続財産全体に占める株式の割合も、2年前の7割から8割となっており、株式の分散も容易ではありませんでした。

 

現状で納税資金の不足額が1億円以上、このまま放置しておけばさらに不足額が増大する可能性があり、相続が発生した場合、相続財産である土地・建物を売却して、納税資金を捻出しなければなりませんでした。

「従業員持株会」を作って株式を分散させるが…

このような状況下で、龍一は少しでも事業承継をスムーズにするために、従業員持株会を作り、そこへ株式を移動させました。

 

従業員持株会の本来の趣旨は、従業員が福利厚生の一環として自社株式を持つことにより、自社の業績に応じた配当を受けることにあります。そのため、議決権行使等の煩雑な株式管理を一括して実行することが可能であり、また、従業員でも株式取引がしやすいように、税制上低廉での株式売買が認められています。

 

従業員持株会の存在により、少しは相続税の負担は軽減されましたが、株式の分散は、今後の事業承継にとって解決しなければならない課題として残りました。

長女の親族から「株式買取請求」があり、さらなる支出

そんな折、事故で亡くなった長女の親族から、長女死亡により、相続した同社株式を買い取って欲しいとの申出がありました。長女の親族としては、相続税の評価は高いのに、少数株主持分として非上場株式を持ち続けても仕方がないとの思いもあったのでしょう。

 

一方、会社を経営する立場としては、株式を集約することができ、渡りに船と買取りに応じました。

 

しかし、長女の親族は、現在の時価相当額で買い取ってもらえるものとの思いがありましたが、経営側としては、そもそもが贈与で全く金銭的負担なく手に入れた株式を、経営側に返してもらえるとしか考えておらず、買取価格には大きな隔たりがありました。

 

結局、価格が折り合わず裁判沙汰となり、会社が自己株式として買い取ることになるのですが、配当も行っていなかったこともあり、会社のそれまでの蓄積した純資産をもとに、高額な株式評価による買取りとなってしまいました。

 

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失敗しない理由がある 事業承継の成功例失敗例

失敗しない理由がある 事業承継の成功例失敗例

中野公認会計士事務所

中央経済社

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