「いずれ資本主義は自壊する」という予測
同様のことを指摘しているのが「イノベーション論の始祖」ともいえる経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターです。1936年1月、シュンペーターはアメリカ農務省において「資本主義は生き延びうるか?」という極めて挑発的なタイトルの講演を行い、その冒頭において明確に彼自身の考えを示しています。
曰く「レイディース・エンド・ジェントルメン、答えはノーです」。イノベーションによって経済は駆動すると主張し、新結合など、今日でも人口に膾炙(かいしゃ)する多くのコンセプトを唱えたシュンペーター自身は「いずれ資本主義は自壊する」と述べていたのです。
シュンペーターはなぜ「資本主義は自壊する」と考えたのでしょうか。シュンペーター自身は、その理由として「ディオニュソス的起業家精神の衰退」を挙げています。ディオニュソスとは「創造と陶酔」を象徴するギリシア神話の神のことです。
このメタファーにはネタ元があって、おそらくシュンペーターは、ニーチェが著書『悲劇の誕生』の中で示した「アポロン的なるもの」と「ディオニュソス的なるもの」との対比を念頭においてこの言葉を使っていると思われます。
ニーチェはこの著作の中で「アポロン的なるもの」を「形式的で秩序だったことへの志向」という意味で用いているのに対して、「ディオニュソス的なるもの」を「陶酔的で創造的な行為への衝動」という意味で用いています。
つまりシュンペーターもまた、ケインズと同様に、私たちが「合理的で秩序だった計算にのみ頼って「金儲け」だけを志向し、人間性に根ざした衝動を失ってしまうことによって、資本主義は滅びるだろう」と予言しているのです。
「資本の無限の増殖」を志向する資本主義が、「人間性に基づいた衝動」から「合理的な金儲けへの志向」へのシフトによって滅びる、というのはなんとも皮肉な指摘ですが、両者の予言は、今日の私たちが傾聴すべき重大な洞察を含んでいると思います。
山口周
ライプニッツ 代表