国内にある格差・貧困・虐待の現状をどれだけご存知でしょうか。こうした悲惨を「自分とは関係のないもの」とせず、解決のために「人間性に基づいた衝動」を起こすことが求められています。※本連載は山口周著『ビジネスの未来』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

モチベーションの源泉は「人間性に根ざした衝動」

さて、次の2点が結論として導き出されます。

 

1点目の結論は、「経済合理性限界曲線」の外側にある問題は、市場原理に頼っていたら永久に解決されることはないということです。私たちが生きている資本主義の社会では、金銭的報酬こそがモチベーションの源泉だと考えられていますが、当然のことながら「経済合理性限界曲線」の外側にある問題の解決を、金銭的報酬によって動機づけすることはできません。

 

これはつまり、何を言っているかというと、現在の世界に残存する「希少だが解決の難しい問題」は、経済合理性とは別のモチベーションを発動することによってしか解決できないということです。私は、そのようなモチベーションの源泉は「人間性に根ざした衝動」しかないと考えています。

 

「衝動」とはつまり「そうせざるにはいられない」という強い気持ちのことです。損得計算を勘定に入れれば「やってられないよ」という問題を解決するためには、経済合理性を超えた「衝動」が必要になります。現在の世界が抱えている根深い問題の多くは、そのような「衝動」によって自己を駆動する人によってしか解決することができません。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

えええっ?この合理的資本主義の時代に「衝動」なんかに頼るの?と思われるかもしれませんが、それは私に言わせればむしろ逆で、この「衝動」こそが、近代資本主義を離陸させるエンジンになった、ということを私たちはあらためて思い返さなければならないのです。かつてケインズは、19世期末から20世紀初頭にかけて勃興する資本主義を駆動する精神を「人間本来の衝動=アニマル・スピリット」と名付けました。

 

投機による不安定性のほかにも、人間性の特質にもとづく不安定性、すなわち、われわれの積極的活動の大部分は、道徳的なものであれ、快楽的なものであれ、あるいは経済的なものであれ、とにかく数学的期待値のごときに依存するよりは、むしろおのずと湧きあがる楽観に左右されるという事実に起因する不安定性がある。

 

何日も経たなければ結果が出ないことでも積極的になそうとする、その決意のおそらく大部分は、ひとえに血気(アニマル・スピリッツ)と呼ばれる、不活動よりは活動に駆り立てる人間本来の衝動の結果として行われるのであって、数量化された利得に数量化された確率を掛けた加重平均の結果として行われるのではない。

 

ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』

 

ケインズがここで指摘している「数量化された利得に数量化された確率を掛けた加重平均の結果」というのは、まさに「経済合理性の際」を見極めるために算出されるわけですが、ケインズはそのような検証を通じた経済合理性によって経済活動が駆動されているのではない、と言っているわけです。

 

翻って、今日の企業における新規事業の検討プロセスではまさに「数量化された利得に数量化された確率を掛けた加重平均の結果」が微に入り細を穿つようにして議論されていることを思い返せば、これでは「経済合理性限界曲線」の外側にある課題を解決するような「事件」がさっぱり起きないのは当たり前のことだといえます。

 

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