現代社会はデジタルによるイノベーションを躍起になって求めてきました。それらが経済成長を牽引するような幻想を抱いている人も多いようです。しかし、それが生んだのは貧富の差の拡大。しかも売上の多くが広告であるので、GDPへの貢献もしていません。山口周氏が危惧する「コマーシャルイノベーション」の問題点について詳細にみていきましょう。※本連載は山口周著『ビジネスの未来』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

「ソーシャル」に焦点を当てたイノベーションこそ重要

なぜ、巨大なデジタルイノベーションはGDP成長率に貢献しないのか。考えられる理由の1つとして、こういったイノベーションの多くは本質的な意味で「新しい市場」を生み出しておらず、単に既存の市場の内部でお金を移転させているにすぎない、という点が挙げられます。

 

この点にこそ、私が「ソーシャルイノベーション」を重視する一方で、「コマーシャルイノベーション」に対して否定的になる理由の核心があります。ここ20年で社会に実装されたイノベーションの多くは、既存の「儲かっている市場」にイノベーションを導入することで「ごく一部の人がさらに儲かる市場」に変えただけで、社会が抱える「未解決の問題」の解消には必ずしも貢献しておらず、むしろ「格差の拡大」という社会問題を生み出す元凶となっているからです。

 

GAFAM、すなわちGoogle、Apple、Facebook、Amazon、Microsoftといった企業が巨大な時価総額を生み出したことから、ビッグデータと深層学習に代表されるテクノロジーイノベーションが社会全体の経済成長を駆動するような幻想を抱いている人が多いようですが、これらの「巨大化」は企業単体で見た場合の「局所的な成長」に過ぎません。

 

すでに統計数値で確認したように、これらの企業が異様な存在感を示し始めた2000年代以降も長期的な経済成長率の低下には歯止めがかかっていないのです。

 

重要な点は「全体のパイは増えていない」ということです。これが第2次産業革命と現在のデジタル革命の大きな違いです。イノベーションが新たな市場を生み出すことがある、という点は否定しません。

 

しかし、ここ20年のあいだに発生した数々の、あれほど画期的だと思われたテクノロジーイノベーションをもってしても、実際に経済成長率の鈍化曲線を反転できなかったという事実を踏まえれば、その効果が大したものではなかったということを認めなければなりません。

数式から見る、イノベーションが拡大した格差

実際に起きていたのはむしろ、イノベーションによって新たな市場が創造されるよりも、省力化や機械化によって労働需要が減退し、失業率が上がり、報酬の格差が広がることで、貧困が蔓延した、というストーリーでしょう。簡単な算数でわかります。

 

総需要をD、労働生産性をP、総労働力をLとした場合、失業がない均衡状態は、

 

D=LP

 

と記述されます。ここでイノベーションが起きたとして、その効果に「総需要の増加率=e1」と「労働生産性の上昇率=e2」の2つがあり、前者の効果が、後者の効果よりも大きい、つまり

 

e1>e2

 

であった場合、

 

D(1+e1)>LP(1+e2)

 

となりますから、これを均衡させるためには「総労働力=L」を増やさねばならず、イノベーションが新たな労働需要を生んだことになります。

 

逆に、イノベーションの効果が、「総需要の拡大」よりも「労働生産性の上昇」の方が大きい、つまり

 

e1<e2

 

であった場合、

 

D(1+e1)<PL(1+e2)

 

となりますから、これを均衡させるためには、「総労働力=L」を減らさなければなりません。

 

抽象的でイメージしにくいでしょうか。近年の具体例をあげれば駅の自動券売機や高速道路のETCがわかりやすいでしょう。駅に自動券売機が実装されたからといって別に通勤の回数が2倍になるわけではありませんし、高速道路の料金所がETCになったからといって旅行の回数が2倍になるわけでもありません。

 

つまり、こういったイノベーションが社会に実装されても需要はまったく増えない…つまりGDPは増えていないのです。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

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ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

山口 周

プレジデント社

ビジネスはその歴史的使命をすでに終えているのではないか? 21世紀を生きる私たちの課せられた仕事は、過去のノスタルジーに引きずられて終了しつつある「経済成長」というゲームに不毛な延命・蘇生措置を施すことではない…

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