テクノロジーが発達した現代ですが、労働生産性上昇率が1960年代に遠く及ばないのはなぜでしょうか。しかも、なだらかに上昇率が低下していく他国と比較して、日本は「急降下」してきています。しかし、山口周氏は20世紀後半という時代が「異常な状態」であったのであって、元に戻す必要はないと語ります。日本人が目指すべき未来はどのような社会なのでしょうか。※本連載は山口周著『ビジネスの未来』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

ハードランディングの日本

さて、ここであらためて注目していただきたいのが、図表の日本です。

 

出典:Jason Furman, Productivity Growth in the Advanced Economies, 2015,p.4, Figure 3.
[図表]先進7カ国の労働生産性上昇率の推移 出典:Jason Furman, Productivity Growth in the Advanced Economies, 2015,p.4, Figure 3.

 

日本以外の先進7カ国のグラフがなだらかな下降線で徐々に地表に近づいていく「軟着陸」というイメージであるに対して、日本のそれは「急降下」と言って良いほどに激しいハードランディングになっていることがわかります。

 

これが、日本の社会で起きているさまざまな軋轢や齟齬の要因となっています。というのも、私たちが現在乗っかっているさまざまな社会システムやプラットフォームは「成長が当然の前提」となっている1950年代から1960年代にかけて形成されたものだからです。

 

たとえば「新卒一括採用」あるいは「年功序列」あるいは「終身雇用」という雇用のあり方は「無限に続く成長」を前提にしており、今日の日本企業を取り巻く状況とは明らかに不整合を起こしていますが、これらの「社会システム」が社会に実装されたのは「来年は経済が2桁成長する」のが当たり前の前提となっていた1950年代のことでした。

 

「終身雇用」や「年功序列」といった人事施策を「日本企業の伝統」のように考えている人がよくいますが、これはありがちな勘違いで事実とは異なっています。

 

まず「終身雇用」「年功序列」という用語は、ボストン・コンサルティング・グループの初代東京事務所長だったジェイムス・アベグレンが1958年に出版した書籍『日本の経営』の中で「初めて」用いたもので、いわば「新語」です。つまり歴史的な視点に立てば、50年ほど前に、しかもアメリカ人によって作られた用語であって「日本企業の伝統」などではまったくありません。

 

つまり、私たちが慣れ親しんでいる「年功序列」や「終身雇用」に代表される社会システムの多くは、我が国の長い歴史を視野に入れれば、ごく短い期間にのみ運用された、極めて特殊なものだったということです。

 

今日、私たちの社会にはさまざまな齟齬・軋轢が噴出していますが、これは「低成長」そのものがもたらしていると考えるよりも、「成長を前提とした社会システム」と「高原に軟着陸しつつある現実の社会」が不整合を起こしていることで発生していると考えるべきです。

 

私たちの社会には、1868年の文明開化以来、100年以上にわたって働いてきた「無限の上昇・成長・拡大を求めようとする強迫」と、近年になって強さを増している「高度を徐々に下げて軟着陸しようとする自然の引力」の2つに引き裂かれており、この「引き裂く力」がさまざまな悲劇と混乱を生み出しているということです。

 

 

山口周

ライプニッツ 代表

 

 

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