地域の高齢患者の声に真摯に耳を傾ける医師が、その日常を綴る。髙山哲夫医師は書籍『新・健康夜咄』のなかで地域医療の実態を紹介しています。

「年金で生活しており仕事へは行っていません」

84歳のTさんは肝がんを合併した肝硬変でした。がんの増大に対する治療、溜まった腹水に対する治療、アンモニアの上昇による意識障害などのため再三入院を繰り返しておりました。

 

病気の進行に伴い歩行する能力も低下し、受診時はいつも息子さんが付き添い車椅子です。こんなに度々入院してその介護をする息子さんも大変だと思っていました。他にご家族はいないのか? どうやら二人暮らしのようです。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

 

でもこんなに病態が急変するようでは、息子さんもおちおち仕事へも行けないだろう。公的な支援を考えてあげなくていいのだろうか? そんな化石医師の疑問に返ってきた答えは「Tさんの年金で生活しており仕事へは行っていません」でした。

 

Tさんの介護をするために仕事を辞められたのか? それとも初めから仕事には行っていないのか? まだ60歳前の息子さんです。Tさんが逝かれた後、生活ははどうされたのだろう。年金はもう下りてきません。他人事ですが心配な話です。

「人工呼吸器をつけて延命して欲しい」

94歳のYさんは脳梗塞後で寝たきりです。経口摂取もできなくなりました。

 

訪問診療をしていたかかりつけ医から「そろそろターミナル。看取り方向で考えよう」と話をされました。しかしご家族は納得されず、何とか鼻からの経管栄養を行って欲しいとのご希望です。在宅ではそんなことはできないとかかりつけ医からのご依頼で入院されました。

 

でもただ栄養を入れてもらえばいいだけで検査などは一切拒否です。Yさんのご家庭も息子さん2人との3人暮らしで家には女手はありません。2人の息子さんは朝から付き添っています。お二人共働きには行かれていないようです。

 

親孝行です。でも男手だからでしょうか、入院するまで清拭や入浴はしていなかったようです。

 

入院して数日後、息子さんの目の前でYさんに心停止、呼吸停止が生じました。95歳近い年齢で寝たきりで食べられない状態での心停止、呼吸停止でした。誰しも終焉の時が来たと考える状態です。

 

ところが「人工呼吸器をつけて延命して欲しい」。息子さん達からのご希望です。人工呼吸器が装着されました。でも人工呼吸をしても心停止が改善することはありません。Yさんは亡くなられました。

 

親思い、親孝行な息子さん達ですがここでも年金問題が潜んでいるように思います。

 

以前96歳を過ぎた父親の延命をとても願うご家族がおりました。このご家族の場合はまさに父親の年金が頼りの生活でした。何とか退院まで漕ぎ着けましたがその後どうされたのか不明です。

 

少子高齢社会の中で日本の年金制度の存続が危ぶまれています。若い世代の中には年金が貰えなくなるかもしれないと不安にかられる方もいます。制度が崩れた時、TさんやYさんのご家族のような親孝行? な子供はどうなるのでしょうか。

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髙山 哲夫
1945年 松本市で生誕
1970年 名古屋市医学部卒業
1985年 国民健康保険坂下病院院長
2013年 国民健康保険坂下病院名誉院長
2006年4月より「社会保険旬報」に「随想―視診・聴診」を連載

 

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本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『新・健康夜咄』より一部を抜粋したものです。最新の税制・法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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角田 圭雄

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