女優としての千栄子の存在感は増していった
「苦労ちゅうものは、無駄にはならへんもんやな」
辛い少女時代に思いをはせながら、それを実感したことだろう。
『アチャコ青春手帖』の放送は2年で終了した。
この頃になると、千栄子には「大阪のお母さん」のイメージがすっかり定着している。松竹新喜劇の頃よりも、さらに世間での知名度は高まった。
また、昭和29年(1954)12月からは、千栄子と花菱アチャコの黄金コンビによる新番組のラジオ・ドラマ『お父さんはお人好し』がスタートする。
今度は千栄子とアチャコが夫婦役を演じることになった。
『お父さんはお人好し』は、関西地域だけではなく、東京をはじめとする全国各地で放送された。
以前にも大阪放送局制作のラジオ・ドラマが東京で放送されたことはあるが、それは、台本のセリフに手直しをくわえて、大阪で放送するものとは別に録音されたものが使われていた。
それは大阪弁を聞き慣れない関東地域の聴取者に配慮して、標準語に近いものだった。
しかし、『お父さんはお人好し』ではこの手直しを一切やらず、千栄子とアチャコがしゃべりまくる、コテコテの大阪弁がそのまま放送された。
「へぇ、おおきに」
などと、ラジオで聴いた千栄子の口調を真似て、おどける者も現れる。彼女の柔らかく味のある大阪弁は、東京でも好感をもたれるようになり、漫才と同様に大阪弁を全国区とするために一役買った。
一方、松竹新喜劇のほうも、千栄子の退団から半年が過ぎた頃に、道頓堀・中座で初演した『桂春団治』が評判となっていた。その後はさらに文芸色を強めた作品を次々に上演するなどして、人気がすっかり定着した感がある。
東京でも頻繁に公演が行われるようになって、いまやこちらも全国区。
ラジオと舞台、世界は違えども数年前に世間を騒がせる愛憎劇を演じた元夫婦は、東京を舞台に大阪の芸能を代表する者同士として競いあう。
「絶対に負けへん」
そんな意地があったのかもしれない。松竹の看板劇団を相手に競い合えるほどに、女優としての彼女の存在感は増していた。
青山 誠
作家
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