始まりは紀元前…「白内障手術」の歴史
白内障手術というと、人の身体の中でももっとも敏感な器官のひとつである目に処置を施すということで「怖い」「痛そう」と思ってしまう人も少なくないようです。
確かに私たちは普段、目に小さなごみが入っただけで強い痛みを感じますから、抵抗を感じる人がいるのも無理はありません。しかし、白内障手術の技術は、昔に比べて格段に進化しています。
白内障手術の歴史は意外に古く、紀元前にまでさかのぼります。当時は、水晶体を眼内に落とすというものでしたが(図表1)、現在の治療法に近い治療法は18世紀半ばにはじまり、水晶体とその周りの組織をそっくりとってしまう「水晶体全摘術」という手術が行われていました(図表2)。
濁った水晶体をとると光が通るようになるので視野は明るくなりますが、ピントをあわせることができないため、分厚い眼鏡やコンタクトをつけて視力を補わなければなりませんでした。
無痛・安全・最速5分「現在の白内障手術」に至るまで
その後、白内障手術に革新的な変化をもたらしたのが、戦後になって開発された眼内レンズです。濁った水晶体の代わりにアクリルなどの素材の人工レンズを入れることで、光を通す眼とピントのあう眼の両方を実現したのです。
とはいえ、今から20年ほど前までは眼内レンズは硬く、水晶体をとり出して眼内レンズを挿入するには、角膜を大きく切開する必要がありました。この方法だと傷口がどうしても大きくなるため、術後に合併症が出やすい、視力回復までに時間がかかるといった難点がありました。
そこで開発されたのが、「超音波乳化吸引術」という手術法です。これは強膜や角膜をごく小さく切開し、そこから超音波チップという器具を差し入れて濁った水晶体を砕き、吸いとる方法です。そして材質が柔らかくなり、小さく折りたためるようになった眼内レンズを入れ、水晶体のあった位置に広げて固定します。
この方法であれば、強角膜の傷口の大きさはわずか2〜3mm程度です。眼には局所麻酔をしていますから、基本的に痛みを感じることはありません。傷口が小さい分、眼への負担も小さく、視力回復も早いのが特徴です。
手術にかかる時間も1回(片眼)あたり5~15分で、最近では白内障手術といえば「日帰り手術」が主流になっています。日本全体では白内障手術の約半数、私のグループでは8割ほどを日帰り手術で行っています。
ただし持病で全身状態に不安がある方や、認知症の一人暮らし高齢者などで確実な点眼が難しい方は、入院手術が勧められることもあります。
「超音波乳化吸引術」の具体的な手順
「超音波乳化吸引術」の具体的な流れは、次のようになります(【図解⇒超音波乳化吸引術の流れ】)。
手術当日は事前に手術衣に着替えてもらい、散瞳薬などの点眼、血圧測定などの準備をします。
手術室に入室後、眼を洗浄・消毒して点眼薬による局所麻酔を行います。麻酔に不安を感じる人もいるようですが、これは通常の眼科検査でも一般的に使用しているものです。私はこれまで8万眼を超える手術をしていますが、麻酔によるトラブルは経験したことがありません。
麻酔が効いた状態で、手術開始となります。患者は顔にカバーをかけ、眼だけを出した状態で手術を受けます。局所麻酔なので身体は動かすことができますが、手術中に急に顔や身体を動かすのは危険です。全身の力を抜き、執刀医に指示された方向に眼を向けて、手術が終わるのを待ちましょう。
超音波乳化吸引術の具体的な手順は、すべて顕微鏡下で操作を行います。水晶体を包んでいる前嚢を円形にカットし、中の濁った水晶体を粉砕・吸入し、残った嚢に眼内レンズを挿入するという一連の手技には、精密な技術が求められます。この術式は傷口が小さく、通常は無縫合で傷口を閉じるので、縫合による角膜のゆがみのリスクが少なく、視力回復も早いのが特徴です。
手術が無事終了したら、回復室でしばらく安静にして過ごしてもらいます。その後、特に異常がなければ手術後の注意などの説明を受け、帰宅となります。
なお、白内障は両眼でほぼ同時に発症し、進行することが多いのですが、私たちのグループでは両眼を手術する場合でも、同日・同時刻・同一器具で手術を行うことはありません。万一、感染症などのトラブルが起こった場合、両眼に被害が及ぶのを避けるためです。
そこで両眼の手術を同日に行うときは、片眼の手術を終えてから一度手術室から退室し、安静にしたのち眼の状態を確認し、再度手術室に入室してあらためて別の器具を使用して、もう片方の眼の手術を行っています。両眼の手術をどのように行うかは医療機関によって方針が異なりますが、このような点も考慮し、医師と相談されることをお勧めします。
市川 一夫
日本眼科学会認定専門医・認定指導医、医学博士
市川 慶
総合青山病院 眼科部長
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