「台湾には寛容とインクルージョンの精神がある」
このようにして、私はトランスジェンダーとしての生き方を選択しました。トランスジェンダーは、物事を考えるときに「男女」という枠にとらわれることがなく、その分、自由度が高いように感じます。また、自分はいわゆる少数派に属していますから、すべての立場の人々に寄り添うことができます。これはトランスジェンダーのよさだと思っています。
私は子供の頃、左手で字を書いていました。みんなが右手で字を書いていることには気づいていたので、その頃から「自分はマイノリティである」という経験をしています。「マイノリティであるからこそ、他の人には見えない視点を持つことができるかもしれない」とも思います。
大事なのは、マイノリティかどうかに関係なく、その人の貢献を社会が認めるかどうかです。仮にマイノリティだとしても、その貢献を社会が認めてくれれば、自分が先駆者になったような気分になるでしょう。
台湾には「鶏婆(ジーボー)」という言葉があります。これは「母鶏のようにおせっかいでうるさい」という意味で、台湾においては重要な価値観になっています。マイノリティにとって、この「鶏婆」という概念が、非常に大事だと思うのです。
マイノリティであるからといって否定され、それによって自信を失う必要はまったくありません。むしろ、マイノリティであるからこそ、多数派の人たちに対して「私たちはみなさんとは異なる見方をしている」「みなさんには見えない問題が見える」ということを訴えることができるわけです。その内容に説得力があれば、あるいはその視点が合理的と受け入れられれば、社会はより良いものになっていくはずです。
「自分の息子がピンクのマスクをしていたら、学校で笑われて恥ずかしい思いをした」という母親の悩みが新型コロナウイルス対策のホットラインに寄せられたことがあります。その訴えを聞いた中央感染症指揮センターの指揮官たちは、翌日の記者会見に全員がピンクのマスクをして臨みました。そして、「ピンクは良い色ですよ」と報道陣に向かって語りかけたのです。
陳時中指揮官は「私は小さい頃、ピンクパンサーのアニメが大好きだったよ」とも付け加えました。その結果、SNS上では、多くの台湾企業や個人が起業ロゴやプロフィール画像の背景をピンクに塗り替えて、政府を支持する動きまで出てきました。これにより、誰もがピンクのマスクを受け入れるようになったのです。
このように、台湾には寛容とインクルージョン(包括)の精神があります。「マイノリティの人たちが多数派に対して具体的な提案を行えば、多数派は喜んで耳を傾ける」という土壌が存在するのです。このピンクマスク事件は、私にとっても、社会がどのような動きをするのか、どのような仕組みを持っているのかを理解する良いきっかけになりました。
オードリー・タン
台湾デジタル担当政務委員(閣僚)
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