『中長期の経済財政に関する試算』が示す中長期インフレシナリオ

内閣府による『中長期の経済財政に関する試算』(以下「試算」)では、2029年度に基礎的財政収支が黒字化するとの見方が維持された。もっとも、その内容を見ると、極端に高い生産性の伸びを前提とするなど、極めて実現性に乏しいものだ。この試算は、図らずも財政健全化の難しさを浮き彫りにし、中長期的な通貨価値下落、即ちインフレのリスクを示唆したと言えよう。※投資のプロフェッショナルである機関投資家からも評判のピクテ投信投資顧問株式会社、DEEP INSIGHT。本連載では日々のマーケット情報や政治動向を専門家が読み解き、深く分析・解説します。

[3/10開催・会員限定セミナー]「ヘッジファンド投資」の魅力と活用法
ニューヨーク
から現役ヘッジファンドマネージャーが解説! >>詳細はこちら

試算の前提:極めて低い現実性

1月21日の経済財政諮問会議に提出された今回の試算は、2020年度第3次補正予算、2021年度当初予算を織り込んだものだ。「成長実現ケース」の場合、2029年度における国の基礎的財政収支は8兆5千億円の赤字だが、地方自治体が8兆9千億円の黒字で、合計では3千億円の黒字化が見込まれた(図表1)。つまり、菅政権は、2029年度基礎的財政収支黒字化の旗を降ろしていない。ちなみに、「ベースラインケース」だと、2030年度の基礎的財政収支は、国、地方合計で10兆3千億円の赤字とされた。


 

期間:2018〜2030年度(成長実現ケース) 出所:内閣府の資料よりピクテ投信投資顧問が作成
[図表1]中長期経済財政試算による国の一般会計の見通し 期間:2018〜2030年度(成長実現ケース)
出所:内閣府の資料よりピクテ投信投資顧問が作成

 

もっとも、この試算の前提は現実的ではない。例えば、2021年度の国の一般会計歳出を当初予算案と同額の106兆6千億円とした。しかしながら、2020年度は3回の補正予算があり一般会計総額は175兆7千億円へと膨れ上がっている。国の歳出が名目GDPの13%程度減るなかで、2021年度の実質成長率の見通しは、成長実現ケース、ベースラインケース共に4.0%だ。「財政の崖」を避け、景気のV字回復を実現するには、2021年度も大型の補正予算が避けられそうにない。畢竟、財政見通しも修正が不可避ではないか。

 

さらに、中長期的な問題は生産性の見通しだ。試算では、全要素生産性(TFP)の年平均伸び率に関し、成長実現ケースで1.3%、ベースラインケースでも0.7%としている。

 

しかしながら、政府がアベノミクスの成果を強調する2013〜2019年度の7年間、TFPの伸び率は年平均0.5%に留まっており、ベースラインケースにも達していない。直近3年間だと、2017年度0.3%、2018、19年度がそれぞれ0.4%だった。TFPは趨勢的な低下基調にあり、年率0.7%を回復することすらかなり高いハードルだろう。

試算が示唆する現実:中長期的な通貨価値下落のリスク

この試算で実現不可能な楽観的数字が示されるのは、今回だけではない。むしろ、恒常的に繰り返されてきた。第2次安倍政権発足以降、試算の予測と現実の成長率を比べると、成長実現ケースを上回る結果だったのは2017年度のみであり、他の年は軒並み予測を下回っている(図表2)。

 

期間:2013〜2030年度(成長実現ケース) 出所:内閣府の資料よりピクテ投信投資顧問が作成
[図表2]中長期経済財政試算による経済見通し 期間:2013〜2030年度(成長実現ケース)
出所:内閣府の資料よりピクテ投信投資顧問が作成

 

今回の試算は、昨年7月の前回試算と比べ、2021年度以降の成長率が引き上げられた。今年度の歳出が膨らむ一方、基礎的収支黒字化の目標を2029年度で変えないためには、成長率で調整せざるを得なかった結果と見られる。

 

この試算は、仮にTFPの伸びが非現実的な年率1.3%まで高まったとしても、プライマリーバランスの黒字化まで9年を要することを示している。それまでに物価が上昇して日銀が出口戦略に転換した場合、国債の買い手がいなくなる可能性は否定できない。試算が示唆しているのは、結局、「中長期的な通貨価値下落のリスク」なのではないか。

 

 

※当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『「中長期経済財政試算」が示す中長期インフレシナリオ』を参照)。

 

(2021年1月29日)

 

市川 眞一

ピクテ投信投資顧問株式会社 シニア・フェロー

 

【関連情報&イベント・セミナー】

幻冬舎グループがIFAをはじめました!
幻冬舎グループのIFAによる「資産運用」個別相談会
認知症による金融資産凍結リスクを回避する信託」とは?
【2/25開催】投資対象は株式、債券だけではない!「本来あるべきオルタナティブ投資
【2/25開催】全国から収集した案件を限定公開!「太陽光発電」の案件説明会
【3/3開催】初心者のための「仮想通貨」投資の法的リスクと対策
【3/3開催】独立系運用会社CEOが明かす「特化型ヘッジファンド戦略」のすべて
【3/4開催】コモンズ流30年・30社の企業」への厳選投資ノウハウ
【3/9開催】今さら人には聞けない「オペレーティングリース投資の基礎講座

ピクテ投信投資顧問株式会社 シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。
著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。
2011年6月よりテレビ東京『ワールドビジネスサテライト(WBS)』レギュラー・コメンテーター。

著者紹介

ピクテは1805年、スイス、ジュネーブにおいて会社創設以来、一貫して資産運用サービスに従事し、運用サービスに特化したビシネスモデルを展開してまいりました。信用格付ではフィッチ・レーティングスからAA-の格付けを取得しております(2018年5月末現在)。注:上記の格付はピクテ・グループの銀行部門の債務の信用に対するもので、運用部門や運用能力に関するものではありません

1981年、日本経済や株式市場の調査を目的に東京事務所を設立しました。その後、1987年から機関投資家を対象とした資産運用サービス業務を開始、1997年には投資信託業務に参入し、運用資産総額は1.98兆円となっています(2018年12月末現在)。外資系運用機関の大手の一角として、特色ある資産運用サービスをお届けしております。

著者紹介

連載PICTETマーケットレポート・Deep Insight

【ご注意】
●当レポートはピクテ投信投資顧問株式会社が作成したものであり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。当レポートに基づいて取られた投資行動の結果については、ピクテ投信投資顧問株式会社、幻冬舎グループは責任を負いません。
●当レポートに記載された過去の実績は、将来の成果等を示唆あるいは保証するものではありません。
●当レポートは信頼できると考えられる情報に基づき作成されていますが、その正確性、完全性、使用目的への適合性を保証するものではありません。
●当レポート中に示された情報等は、作成日現在のものであり、事前の連絡なしに変更されることがあります。
●投資信託は預金等ではなく元本および利回りの保証はありません。
●投資信託は、預金や保険契約と異なり、預金保険機構・保険契約者保護機構の対象ではありません。
●登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資家保護基金の対象とはなりません。
●当レポートに掲載されているいかなる情報も、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を構成するものではありません。

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

登録していただいた方の中から
毎日抽選で1名様に人気書籍をプレゼント!
会員向けセミナーの一覧