内閣府による『中長期の経済財政に関する試算』(以下「試算」)では、2029年度に基礎的財政収支が黒字化するとの見方が維持された。もっとも、その内容を見ると、極端に高い生産性の伸びを前提とするなど、極めて実現性に乏しいものだ。この試算は、図らずも財政健全化の難しさを浮き彫りにし、中長期的な通貨価値下落、即ちインフレのリスクを示唆したと言えよう。※投資のプロフェッショナルである機関投資家からも評判のピクテ投信投資顧問株式会社、DEEP INSIGHT。本連載では日々のマーケット情報や政治動向を専門家が読み解き、深く分析・解説します。

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試算の前提:極めて低い現実性

1月21日の経済財政諮問会議に提出された今回の試算は、2020年度第3次補正予算、2021年度当初予算を織り込んだものだ。「成長実現ケース」の場合、2029年度における国の基礎的財政収支は8兆5千億円の赤字だが、地方自治体が8兆9千億円の黒字で、合計では3千億円の黒字化が見込まれた(図表1)。つまり、菅政権は、2029年度基礎的財政収支黒字化の旗を降ろしていない。ちなみに、「ベースラインケース」だと、2030年度の基礎的財政収支は、国、地方合計で10兆3千億円の赤字とされた。


 

期間:2018〜2030年度(成長実現ケース) 出所:内閣府の資料よりピクテ投信投資顧問が作成
[図表1]中長期経済財政試算による国の一般会計の見通し 期間:2018〜2030年度(成長実現ケース)
出所:内閣府の資料よりピクテ投信投資顧問が作成

 

もっとも、この試算の前提は現実的ではない。例えば、2021年度の国の一般会計歳出を当初予算案と同額の106兆6千億円とした。しかしながら、2020年度は3回の補正予算があり一般会計総額は175兆7千億円へと膨れ上がっている。国の歳出が名目GDPの13%程度減るなかで、2021年度の実質成長率の見通しは、成長実現ケース、ベースラインケース共に4.0%だ。「財政の崖」を避け、景気のV字回復を実現するには、2021年度も大型の補正予算が避けられそうにない。畢竟、財政見通しも修正が不可避ではないか。

 

さらに、中長期的な問題は生産性の見通しだ。試算では、全要素生産性(TFP)の年平均伸び率に関し、成長実現ケースで1.3%、ベースラインケースでも0.7%としている。

 

しかしながら、政府がアベノミクスの成果を強調する2013〜2019年度の7年間、TFPの伸び率は年平均0.5%に留まっており、ベースラインケースにも達していない。直近3年間だと、2017年度0.3%、2018、19年度がそれぞれ0.4%だった。TFPは趨勢的な低下基調にあり、年率0.7%を回復することすらかなり高いハードルだろう。

試算が示唆する現実:中長期的な通貨価値下落のリスク

この試算で実現不可能な楽観的数字が示されるのは、今回だけではない。むしろ、恒常的に繰り返されてきた。第2次安倍政権発足以降、試算の予測と現実の成長率を比べると、成長実現ケースを上回る結果だったのは2017年度のみであり、他の年は軒並み予測を下回っている(図表2)。

 

期間:2013〜2030年度(成長実現ケース) 出所:内閣府の資料よりピクテ投信投資顧問が作成
[図表2]中長期経済財政試算による経済見通し 期間:2013〜2030年度(成長実現ケース)
出所:内閣府の資料よりピクテ投信投資顧問が作成

 

今回の試算は、昨年7月の前回試算と比べ、2021年度以降の成長率が引き上げられた。今年度の歳出が膨らむ一方、基礎的収支黒字化の目標を2029年度で変えないためには、成長率で調整せざるを得なかった結果と見られる。

 

この試算は、仮にTFPの伸びが非現実的な年率1.3%まで高まったとしても、プライマリーバランスの黒字化まで9年を要することを示している。それまでに物価が上昇して日銀が出口戦略に転換した場合、国債の買い手がいなくなる可能性は否定できない。試算が示唆しているのは、結局、「中長期的な通貨価値下落のリスク」なのではないか。

 

 

※当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『「中長期経済財政試算」が示す中長期インフレシナリオ』を参照)。

 

(2021年1月29日)

 

市川 眞一

ピクテ投信投資顧問株式会社 シニア・フェロー

 

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