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譲渡側にとって「高値で譲渡したい」のは当然だが…
譲渡側にとってM&Aの検討における最も重要な要素の一つが譲渡価額です。病院の譲渡資金を豊かなリタイア生活に充てたい、あるいは、別事業を行うための資金にしたいなど、さまざまな目的や将来像に基づいて譲渡価額を想定なさるでしょう。
もちろん理事長自身が苦労して経営してきた事業や法人を譲渡するのですから、正当な対価を要求するのは当然です。できれば高く譲りたいと思うのも自然でしょう。
しかし、その金額があまりにも過大である場合、M&A後にその病院の運営に関わっていく譲受側や従業員、地域住民にとっては、必ずしも幸せな結果となりません。
本事例では、譲渡側の希望どおりの譲渡価額でM&Aが成立したものの、「地域医療における病院のあり方」という観点から見たときには、必ずしも最上の結果ではなかったのではないかという疑念から、Badケースとして採り上げています。
赤字の病院を承継した若手理事長。見事再建させたが…
九州の某県に所在するX病院は、100床ほどの規模で回復期病棟と慢性期病棟をもつケアミックス病院です。現在まだ年齢40代と若い理事長の髙橋氏(仮名)は、2年前にM&AによってX医療法人を譲り受けて、自らX病院の理事長に就任した人物です。
髙橋理事長が承継する前のX病院は医療療養型病床のみで経営をしており、業績は若干の赤字状況が続いていました。そこで、経営再建を目的としたM&Aが立案され、譲受側として髙橋理事長が名乗りを上げて承継したのです。当時の譲渡価額は約1億円でした。ちなみに、前理事長は、そのまま一医師として在籍を続けています。
就任した髙橋理事長は優れた経営手腕を発揮し、X病院の大胆な改革に取り組みました。なかでも、慢性期機能の医療療養型病床の大半を、地域で不足する回復期病床へと変更させたことは大きな取り組みでした。
また、髙橋氏は別法人で介護会社も経営しており、その介護会社との連携強化も深め、送患だけではなく、人材の相互派遣なども進めました。さらには、以前はほとんど行っていなかった他病院への営業活動にも専任担当者をおき、力を入れました。
こうした豪腕ともいえる手法により、髙橋理事長が就任前には赤字だったX病院は、わずか2年間で、売上高8億円、利益1億円を上げる病院に変貌を遂げたのです。
もともと、経営再建後は「高値で売却する」予定だった
ところで、髙橋理事長はもともとこの病院を承継したときから、長く経営を続ける意志はありませんでした。赤字の病院を安く譲り受け、経営を立て直して高く譲る、つまり転売目的で譲り受けたのです。
そして見事に経営建て直しに成功したため、当初の目論みどおりに転売しようと私たちに譲受側探しを依頼してきたのでした。
「転売目的」などと聞くと悪い印象をもたれる方もいるかもしれません。
しかし、病院スタッフや患者さんにとっては、病院の赤字が続いて廃院や規模縮小になるよりは、目的はなんであれ、経営再建されて医療が継続していくほうが望ましいことです。
また、新しい譲受先候補を探すうえでも、きちんと利益が出ている病院であれば候補を見つけやすいという面があります。
その意味で、しっかりと黒字化を果たしたうえで当初の目的どおりに転売を図る髙橋理事長の意図が非難されるいわれはまったくありません。
ところが「M&Aを成立困難にする要因」が続出
ただし、この事例では、譲渡側の髙橋理事長が「8億円」という高額な譲渡価額を希望したところからM&Aの成立は困難が予想されました。
X病院は髙橋理事長が引き継ぐ2年前までは赤字が続いていたので、純資産はほぼゼロでした。直近の1年では1億円の利益を出しているものの、時価評価での純資産はまだほとんど増えていない状態です。そこで、利益をベースに譲渡価額を算定したとき、利益の8年分もの価額である8億円は、明らかに高過ぎると思われました。
経営権(のれん代)をいかに見積もるかは交渉次第ではありますが、一般的な相場は利益の3年分程度です。まず、それだけの「割高な買い物」であることを承知のうえ、どうしても欲しいという譲受先を探さなければなりません。
さらに、その経営再建の実態を詳細にチェックしてみると、いくつかの問題があることも判明してきたのです。
病床機能の転換、業務の効率化、営業強化などは正しい施策ではあるのですが、その進め方がかなり強引だったため、多くのスタッフが反発しました。慢性期病床と回復期病床とでは医療内容が異なるので、スタッフもいきなり「来月から回復期病床にします」と言われても困るわけです。それに対して髙橋理事長は、反発するスタッフの多くを半ば首切りのような形で解雇して入れ替えてしまったのです。
収まらないのは今も医師として勤める前理事長です。前理事長が譲渡をした際には、スタッフの継続雇用を求めていました。その約束が半ば反故にされてしまったので、髙橋理事長への反発が強まりました。結果として、病院内で現理事長派と前理事長派の派閥ができ、派閥争いが生じていたのです。もっとも、実権を握っているのは現理事長なので、前理事長派が反発しても力関係は変わらないのですが、病院内の雰囲気は最悪になってしまいました。
さらに、短期的に収益を上げるため、別法人で行っていた介護事業のほうから人員を派遣して営業や事務の仕事をさせるなど経営リソースを投入していました。これが、ほとんど対価を支払わず、いわば「ただ働き」に近い状態で行われていたのです。するとほぼ費用がかからずに売上が増えるわけですから、当然利益は増えます。そのような他法人からのリソース流用によってかさ上げされていた部分の利益が相当にあることも分かりました。
すると、譲受側としては、M&A後にそういったリソースを投入できる会社でなければなりません。
そのような難しい条件がありましたが、地元企業のO社が交渉に応じてくれることとなりました。O社は、古くから地元に根付いてさまざまな事業を多角的に展開しており、その一つとして介護事業も運営しています。その関連で、病院経営に興味を示しました。また、地元密着企業として、他地域の会社がやってきて病院運営に関わるよりは、地元のことをよく知っている自分たちが運営したほうがいいだろうという貢献意識もありました。
「高すぎる譲渡価額」で交渉は破断寸前
今回の譲渡側である髙橋理事長のM&Aの目的は金銭であることがはっきりしています。そのため、交渉の中心的な議題となったのは、ほぼ譲渡価額の件だけでした。
譲渡側が要求する8億円という譲渡価額は、利益の約8年分となるもので、かなり割高です。しかもその利益の実態はすでに述べたとおりです。
当然O社は、その価額をそのままは受け入れられません。しかし譲渡側もあらゆる評価方法を繰り出し、主張して譲りません。
評価方法がどうかというのは、譲受側にとっては関係ない話です。肝心なのはその金額が出せるか出せないか、事業として元が取れるか取れないかという点です。
両者の主張は平行線をたどり、破談になるかとも思われました。
その間を取り持ったのは、O社のメインバンクでもある地元の地銀でした。
「病院は地域発展のためにも欠かせないので、なくなったりすると困る。頑張って融資をするから、どうか地元に根付いているO社さんがX病院を支えてほしい」というわけです。もちろん、O社も地元経済の発展を願うことには変わりありません。
「銀行の支援があるなら」ということで、最終的には譲渡側の主張する8億円でのM&A契約が成立しました。
その後、O社はもともと経営していた介護事業との連携を取りながら、X病院の経営を続けています。しかし、前理事長時代のような低廉での経営リソースの流用は難しいことから、病院の利益率は下がり、赤字にはなっていないものの、譲り受ける前の1億円の利益は半減してしまいました。8億円の譲渡価額は、回収期間8年という想定だったわけですが、それは完全に不可能で、投資資金の回収に少なくとも10年以上はかかりそうです。もちろんM&A実行時の約束どおり、銀行の支援が後ろ盾にあるので、その意味では安心ではありますが、O社にとって楽な経営ではありません。
アドバイザーから見た事例のポイント
今回の事例は、譲渡側の理事長がかなり無理をして短期間で利益をつくり、それをベースにして高値で売り抜けたものでした。
譲受側は、さまざまな経費を削減しながらの厳しい病院運営となるため、現場のスタッフにも相応の負担がかかります。資金不足から、建物や設備のメンテナンス費用も抑えられ、最新医療機器の導入なども難しくなるでしょう。地域の病院がそういう状態になってしまうことは、患者にとっても決して幸せな状態とはいえません。
結局、転売によって大きな利益を得た前理事長一人だけが得をして、引き継いだ関係者や地元住民はあまり幸せな状況になっていないという意味で、後味の悪いM&Aとなった事例です。
余語 光
名南M&A株式会社 事業戦略本部 医療支援部 部長
認定登録医業経営コンサルタント登録番号7795号/医療経営士
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