実はオークション出品契約には小さな字で、出品される美術品に対して第三者の異議申し立てが発生しない、質権が設定されていない、という縛りを出品者に設けている。そのためこの条項に結果として違反し、異議申し立てがあると、オークション出品が中止されたり、支払いが紛争解決まで凍結されたりすることがあるのだ。
また、場合によっては異議申し立てがあっても、オークションは開催し、売買代金は中立な立場の弁護士などが預かり、紛争当事者同士の話し合いや裁判で分配を決定するという方法も時に見られる。
しかし筆者の経験した2度の差し止めでは、半年程度で当事者同士で解決しており、最高裁まで争い、支払いが5年以上に及んだケースは経験がない。ある意味、このルノワールは大変不幸なケースであった。
本来であれば異議申し立てをした人物の曖昧な資料を精査して、絵画の同一性の検証をオークションハウスのリーガルデパートメント(法務部門)あたりが素早くできれば良かった。第一、盗難美術品としてのチェックはされていたはずで、このルノワールは国際的にはまったくのシロであったわけだから。
さらにここで異議申し立ての手続きをした当該弁護士事務所の責任も重大である。また、オークションハウスの本音としては、リーガルケースに巻き込まれ、泥をかぶるのが嫌なのはサザビーズもクリスティーズも同じである。従って、異議申し立てには応じることが多く、売買代金をフリーズしてしまいがちである。
ちなみに贋作が販売された場合は、オークションハウスが認める公的な機関による売買後、5年以内の異議申し立てが受け付けられることがある。その場合には買い手には返金に応じ、出品者は作品を引き取り、この責務を負うことになる。このように、オークションでの売買規則を知り尽くしていても紛争に至るケースはごく少数だが、存在する。
あまりにお粗末な日本の美術品売買での法制度
ここでもう一つ、日本の美術品売買での法制度の問題点もあげておこう。
国内で警察組織、特に公安が管轄している古物営業法では、古物台帳への取引内容の記載が義務付けられてはいるものの、写真の掲載などが義務付けられていない。また、盗難美術品の捜査には、お触書のようなまるで江戸時代を彷彿とさせる時代遅れな手法でしか捜査をしていないという、国際的にはまったく通用しないお粗末な捜査手法、法体系という現実がある。