感染拡大防止策、「飲食店の規制強化」に懐疑の念
新型コロナウイルス(以下、コロナ)の感染拡大が止まらない。1月4日、菅義偉首相は首都圏の4都県に緊急事態宣言を出すことを決めた。20時以降の飲食店閉店、外出規制が求められる。
飲食店の規制を強化した理由について、政府は「飲食でのリスクを抑えることが重要」とコメントしている。専門家も、このような見解を支持している。
厚生労働省クラスター対策班のメンバーで、政府の対策作りに関わった和田耕治・国際医療福祉大学教授は、「感染拡大が収まらない大きな要因は、人と人の接触が密になる飲食の場面だ。2020年夏ごろの第2波では、飲食が感染拡大の場だとすでにわかっていたが、政府や自治体、事業者ともに十分に対策に取り組めなかった」(日本経済新聞2021年1月5日)とコメントしている。
果たして本当にそうなのだろうか。私は、このような意見に対しては懐疑的だ。本稿では、この点について論じたい。
「飲食店こそ感染拡大の巣窟」は過去の話
確かに、飲食店がコロナ感染のハブになったという報告は多い。たとえば、10月13日、米バーモント大学の研究チームは、『プロス・ワン』誌で「ソーシャル・ディスタンス対策の中でも、特に飲食店の営業を規制することが、コロナ患者の増加を抑制した」というモデル研究の結果を報告しているし、11月20日、香港理工大学の研究チームは『建築と環境』誌で「飲食店の数がコロナ感染者数に影響する」と報告している。政府や専門家は、このような研究結果をエビデンスと見なしているのだろうか。
注意すべきは、いずれの研究も第一波と第二波を対象としていることだ。たとえば、香港理工大学の研究チームの報告は1~8月、バーモント大学の研究は3~5月の感染データを用いている。第一波、第二波での状況が、そのまま第三波に通用するかわからない。それは、この間にコロナに関する研究が進み、対策が強化されたからだ。
飲食店対策もアップデイトされている。現在、飲食店における感染は、リスクに応じた個別対応が標準だ。米疾病管理センター(CDC)は「レストランおよびバーの運営者に関する注意事項」(https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/community/organizations/business-employers/bars-restaurants.html?fbclid=IwAR0pXWzNCJc6_F18u5eVreSeqVFPa6Dxok2SkJBAT303TI0sk-HBX-nrBHg)を公表している。
そのなかで、飲食店の感染リスクを4つのグループに分け、ドライブスルーを「もっとも低いリスク」、屋外席を「より多くのリスク」、屋内で座席を減らし、6フィート(1.8メートル)離す場合を「より高いリスク」、屋内で座席数を減らさず、6フィート空けない場合を「もっとも高いリスク」としている。
彼らは「コロナは、ほとんどの場合、人々が感染者と物理的に近い(6フィート以内)か、その人と直接接触しているときに広がる」と述べる一方、「入手可能なデータによると、コロナに感染している人との密接な接触による拡散が、空気感染よりもはるかに一般的」とエアロゾルによる空気感染のリスクを重視していない。彼らは、飲食店の営業が「より高いリスク」以下なら、大きな問題とならない可能性が高いと考えている。
利用者の激減…意図せず「密」を回避できている実態
では、実態はどうなのだろうか。コロナ流行以降、飲食店の利用者が激減している。多くの飲食店は、意図せず、6フィート以上の距離が確保されている。このような飲食店での感染リスクは高くない。
ところが、飲食店のコロナ対策が変化した秋以降、この問題を検討した論文は少ない。私が調べた範囲で、このことに言及しているのは『ネイチャー』11月10日号に掲載された「レストランがCOVID感染を引き起こすのを防ぐ方法」という論考だけで、その中には、以下のような記載がある。
「レストランはどこでもホットスポットではないかもしれない。英国オックスフォード大学で感染症をモデル化しているMoritz Kraemerは、『ドイツのコンタクトトレーシングデータによると、飲食店はその国の主要な感染源ではなかった』と述べている」
コンタクトトレーシングを用いた手法に限界があるのかもしれないが、第三波で飲食店が感染のハブになるか否かは結論がでていない。
「飲食店の規制」が愚策と言える、これだけの理由
では、日本ではどうなのだろうか。日本は感染症法に基づき、感染者が全例報告される。クラスター対策にも膨大なカネと人が投入されている。秋以降の感染者のうち、どの程度が飲食店で感染したかわかるはずだ。
12月18日に国立感染症研究所が発表した「新型コロナウイルス感染症の直近の感染状況等(2020年12月10日現在)」によれば、首都圏の感染者の6割は感染経路不明だ。つまり、飲食店が特に怪しいという訳ではない。管総理は1月4日の記者会見で、「経路不明の感染原因の多くは、飲食によるものと専門家が指摘をしております」と説明している。政府の根拠は、この程度だ。
感染経路が判明しているケースの内訳を国立感染症研究所は公開していないが、東京都によると、11月10日から11月16日までの一週間で、感染経路が判明者のうち、飲食店での会食が占める割合は8%に過ぎなかった。これは、7月28日から8月3日までの一週間の14%より大幅に低下している。多かったのは家庭内42%、施設内16%だ。
この状況で飲食店に自粛を要請するのは合理的でない。いや危険だ。家庭内感染や施設内感染には効果がなく、感染が拡大してしまうからだ。家庭内や施設内感染を防ぐには、PCR検査を増やし、無症状感染者を隔離するしかない。このままでは、飲食店経営者には無用な被害を与えることになる。第一波では夜の街がスケープゴートになったが、第三波では飲食店がそうなるだけだ。
日本のコロナ対策は、このような出鱈目が多い。だからこそ、東アジアで唯一、国内全域のコロナの蔓延を許し、人口当たりの死者数、経済ダメージももっとも酷い。緊急事態宣言をするなら、もっとエビデンスにもとづき、合理的にすべきだ。コロナは感染しても無症状の人が多い。彼らが周囲にうつすのだから、感染者を減らすには、無症状者への検査数を増やし、正確な流行状態を把握し、流行地域に的確に介入しなければならない。緊急事態宣言の名の元、闇雲に飲食店に営業を自粛させても、おそらく効果は限定的だ。コロナ対策はゼロベースでの見直しが必要だ。
上 昌広
内科医/医療ガバナンス研究所理事長
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