獣医師との結婚。恋に落ちた瞬間は…
私はかつて獣医師と結婚していました。恋に落ちた瞬間は、彼が白衣を着て聴診器を首から下げた格好で、爽やかな風のように走って来たシーンでした。
私のように少女漫画のような恋を夢見て、結婚の意味を深く考えることもせず、恋愛の延長で結婚を決めてしまい、とんでもなく苦労をされた方もいらっしゃるでしょう。あるいは、幸せな結婚をなさって、お互いに尊重し合える仲良しご夫婦もいらっしゃると思います。
いずれにしても、社会的地位もあり、収入も高いドクター家族には、人には言えない悩みが結構あるものです。こと相続に関しては、やはり一般のご家庭より遥かにリスクが高いのですが、医業に専念していらっしゃるお医者様には、情報が届いていないことが多いものです。
そこで、開業医家庭がどんなリスクを抱えているか、どういう点でトラブルが起こりやすいかを見ておきましょう。院長夫人が知っておきたい相続リスクのポイントは、次の4点です。
① 現金化できない出資持分にかかる高額な相続税
医療法人には、株式会社の株式にあたる「出資持分」というのがあります。これは独特の性質をもっていて、相続財産として評価をしたときに、とんでもなく高額になってしまうことがあります。持分評価が高いことは、経営的には素晴らしいことなのですが、相続の場面では相続財産を膨らませて相続税を多額にしてしまうことがあり、家族を苦しめる一番の要因になりがちです。
2015年1月からは、相続税の基礎控除が下げられ、相続税が上がりましたから、その負担たるやつらいものがあります。
② 分けにくい開業医の財産
開業医の財産の多くは、①でお伝えした出資持分以外の財産も、医業に使っている土地や建物などの医業用財産が多く、医業を継ぐ子どもと継がない子どもとの格差が非常に大きくなっています。
かつては長子が遺産のほとんどを相続する家督相続でしたが、昭和22年の民法改正で、すべての子が平等に遺産を分け合う均分相続が法律でうたわれています。ですから遺産を分けるとき、財産がどうしても偏ってしまいがちな開業医家族にとっては、争族につながりやすい問題と言えます。
③ 後継者に、医師免許が必要
病院を継ぐ者は、原則として医師でなくてはなりません。例外として、医療法第46条の3第1項のただし書きでは、医師免許がなくとも、ある一定要件を満たし、都道府県の許可を取れば、医療法人の承継はできます。けれども、実際に医業を続けていくのには、やはり医師の免許が必要です。
ただ、誰もがご存じのように、ちょっとやそっとのことで国家資格である医師免許は取れませんし、教育費も莫大にかかります。しかも、医師は知識だけがあればよいわけではなく、人の気持ちを理解できる豊かな人間性が求められます。患者さんを「人」として尊重し、親身になって相談や悩みに耳を傾けられる医師であってほしいものです。
④ 対策の裏に潜むリスク
テレビや新聞などの偏った情報で安易な対策をすることがあると、家族間のトラブルを大きくしてしまう場合があります。
たとえば、①で発生する高額相続税を避けようとして、税金がかからない範囲で毎年コツコツと出資持分を後継者に贈与し続けたとします。それ自体は「節税」という意味では間違っていないのですが、いざ相続が起きたとき、トラブルの種になることがあります。
後継者以外の子からすると、「お兄ちゃんだけ、生前贈与をたくさん受けてズルい」と不公平に映ります。後継者でない子からのクレームが起きると、相続が起きたときにこれまでに贈与されてきた財産を、相続発生時の時価に直して再計算しなくてはなりません。お医者様のご家族にありがちな「特別受益」のリスクです。
また、「相続時精算課税制度」にまつわるリスクもあります。実は、この制度ができた2003年、「これは使える」と飛びついた人たちがたくさんいて、1年間に7万8000件の贈与が実施されました。しかし、財産をもらった人(たとえば息子)が、財産をあげた人(たとえば父)より先に亡くなった場合、結果として相続税を二回支払わなければならない問題が潜んでいます。制度を正しく理解してから実行することが大切です。
こんなふうに、「よかれ」と思ってやった対策が裏目に出ることは少なくないので、「何がリスクなのか」をしっかりと見極め、副作用を防ぐことも忘れないでください。
「顧問税理士の対応待ち」ではいけない
こうしたリスクについて、今までご存じなかった方もおられるのではないでしょうか。相続対策では、各ご家庭に潜むリスクを洗い出し、一つひとつ対策を講じていくことになります。対策にはすぐに効果が出るものもありますが、長い期間をかけて少しずつ整えていかなくてはならない対策もあります。すべての対策を行うためには、やはり早めに取り掛かっていただきたいと思います。
開業医の先生方はとてもお忙しいので、相続について勉強する時間がなかったり、誤解していたり、対策が遅れがちです。奥様ご自身も医師である場合は、さらに時間の制約があり、そこに子育てや介護まで重なると、毎日の暮らしに精一杯で、未来に起こるリスクについて考えることは、もはや不可能といってもいいでしょう。ですから、信頼できる相談者を早く見つけることが急務です。
よく、「公認会計士や税理士の先生に任せてあるから大丈夫」とおっしゃる方がいらっしゃいますが、これは大きな落とし穴になる場合があります。というのも、顧問の公認会計士や税理士の先生方は、病院の会計処理や決算がお仕事であり、院長の個人的な資産形成にまでは踏み込んでこないのが普通だからです。
「プライベートなことにまで首を突っ込むのは失礼だ」と思っておられる場合や、中には「面識もない院長家族のことにまで関心がない」という場合もあります。なんにしても、こちらが頼まないうちから先回りして事前対策を一生懸命取り組んでくださる先生は、ほとんどいらっしゃらないと思ってください。
公認会計士や税理士の先生方は、お金の計算や税務の実務は専門ですが、とてもお忙しいですから、顧問とはいえ、個人的な範囲の未来のリスクにまでは手が回らないというのが正直なところではないかと思います。
相続の相談に乗っていると、「税理士が教えてくれなかったから」という文句の声を時折聞くことがありますが、公認会計士や税理士の先生のせいにするのはよくありません。他の誰でもない、ご自身の問題なのだということを、どうか改めて意識していただければと思います。