領収書の改ざんは「筆跡」で即バレする
経費架空計上の手口1:領収書の改ざん・偽装
領収書を使った手口は、経費の架空計上で最も多く見られる方法です。領収書は取引が行われた事実を証明する書類であり、簡単に経費計上できることから、偽の領収書による脱税が後を絶ちません。
まず、領収書の「改ざん」とは領収書を不正に「書き換える」行為です。代表的な例は、「5000円」の前に「1」を書き足して「15000円」にしたり、「30万円」の「3」を「8」に直して「80万円」にしたりして、実際の金額を水増しするケースです。
涙ぐましい努力ですが、後から書き加えられた文字は違和感があるものです。同じ黒でもインクが違えばわかりますし、筆圧の違いも同じく違和感を生みます。パラパラ漫画のように流し読みをすれば、おかしな箇所がパッと目に飛び込んでくるのです。
もうひとつの「偽装」とは偽の領収書を作成し、あたかも本当であるかのように装う行為です。たとえば行きつけのクラブやバーのママに協力してもらうケースです。行ってもいないのに領収書を発行してもらうなどは典型的な方法ですが、税務調査官は対象者の行きつけの店にも調査に入るため簡単に見破ることができます。
私が実際に税務調査をした会社では、社長のデスクから飲食店やタクシー会社の白紙の領収書がたくさん出てきたことがありました。なじみの店や業者から未使用の領収書を購入していたのです。経費計上の際は、経理担当の奥さんが領収書に金額を書き込んでいたようですが、よく見ると飲食店とタクシー会社の領収書の筆跡がまったく同じなのです。これでは見つからないほうがおかしいといえるでしょう。
経費架空計上の手口2:架空人件費
偽の領収書づくりと並ぶ代表的な手口です。実際の従業員は100名なのに110名いるように見せかけて人件費を計上するといった方法です。ただし、現在はほとんどの職場でタイムカードなど勤怠管理のシステムがあるため、この手口は減少傾向にあります。架空の人物のタイムカードを誰かが毎日打刻するわけにはいきませんし、そもそも存在しない従業員のタイムカードがあること自体が不自然です。
また、従業員の住所や給与を役所に提出する義務がありますし、正社員であれは社会保険の加入も義務づけられています。依然として悪質な手口を駆使する人はいますが、架空の人物を雇ったように見せかけても不正のほころびは必ず生じてくるものです。
この人件費で税務署が最も重点的にチェックするのは「身内」です。実際には働いていない代表者の妻を役員にして高額な役員報酬を支払ったり、大学生の息子を正社員と偽って高い給料を支給したりするケースです。勤務実態がないにもかかわらず、報酬や給料を支払っているケースは重加算税の対象となります。なお、この架空人件費の手口も源泉徴収票にマイナンバーが適用され、ほぼ不可能になることでしょう。
経費架空計上の手口3:外注費および仕入れの改ざん・偽装
製造業や建設業に多い手口です。存在しない架空会社・幽霊会社に工事を外注したり、材料を仕入れたように装ったりするのです。この場合、仮に外注や仕入れの取引相手が100社あるとすれば、まずは、それらの取引先が実在しているかどうかを調査します。
私が税務調査官をしていた時代は、各社に直接電話を入れたり所轄の税務署に紹介を依頼したりしていました。しかし、限られた時間で100社分をすべて把握するのは簡単ではありません。実際には、100社のなかから疑わしき何社かをピックアップして調べる程度しか対応ができなかったというのが現状です。
ところが、現在はKSKシステムにより、その100社が実在するか・しないかは瞬時に把握できるようになりました。そのため、架空会社、幽霊会社を使った外注費や仕入れの偽装は極めて難しくなっています。
仮に実在していたとしても、KSKを使えば取引先の申告状況や売上規模を確認し、取引の矛盾点を調査することができます。架空外注費や架空仕入れ、あるいは外注費や仕入れの水増しなどの工作を図る場合、「頼みやすい会社」に依頼することが一般的ですから、親族や親しい取引先が把握できれば、簡単に見つけることができるのです。
税務調査官時代、疑わしい取引先を見抜くために私がこだわっていたのは「社長との雑談」でした。税務調査に入った際、まず半日ほどかけて社長とざっくばらんに雑談し、必要な情報を聞き出すのです。そうして怪しい取引先を見つけた場合、「モノの流れ」と「お金の流れ」の2つの視点で調査をかけます。
たとえ両社が口裏を合わせて数字を調整していたとしても、モノの流れは物流を伴います。物流会社の記録を調べれば不正は明らかになりますし、両社の銀行口座の入出金記録を調べればお金の流れを把握できるのです。
経費架空計上の手口4:旅費交通費のねつ造
旅費交通費は領収書を発行しにくい経費でもあるため、脱税が発覚しにくいと思われるかもしれません。とくに出張旅費規程のある会社の場合、規定内の金額までは領収書は必要ありませんから、架空の経費を計上しやすいといえます。しかしETCの記録や宿泊記録、新幹線の搭乗記録など複数の事実を突き合わせていくと、辻褄が合わない部分が生じてくるものです。
経費架空計上の手口5:税制の優遇措置を悪用
機械設備を導入する場合、「特別償却」や「割増償却」といった税制の優遇措置があります。こうした制度を悪用した脱税も考えられます。たとえば3月の決算期間近になり、予想以上に売上が出ていることに気づいたとします。そのまま申告すれば税額が大きく膨らむことから、急遽、次年度の6月に新設予定で進めているような機械設備を、決算月の3月に導入したと偽るのです。
こうした脱税を見極めるために、税務調査官は機械設備の〝本当〞の納入時期をチェックします。決算月ギリギリのタイミングで機械設備が納入されている場合、課税逃れのための不正が疑われますので、工作機械メーカーに反面調査(調査対象と取引のある会社などに対する調査)に入り製造メモや納入メモなどをチェックします。
この時点で不正が発覚するケースもありますが、工作機械メーカーも記録を改ざんしている可能性があります。それも見込んだうえで今後は運送業者に反面調査に入り、伝票から本来の納入時期を突き止めるのです。
決算期の間近に税金逃れの不正を働く会社は、月次決算、四半期決算が正しくできていないケースがほとんどです。極端にいえば、決算が終了してから納税額に驚いて、申告までに慌てふためいて偽装工作に走る会社も少なくありません。
経費架空計上の手口6:少額減価償却資産の特例の悪用
個人事業主や中小企業が30万円未満の減価償却資産を購入した場合、一定の要件を満たすことで「少額減価償却資産の特例」が適用され、取得価額の相当額を損金に計上できます。この特例を悪用した脱税もあります。
通常であれば耐用年数にしたがって減価償却費を計上することになりますが、これを納入業者と結託して一度に損金計上するのです。たとえば500万円の機械設備を30万円未満の少額備品に分割して伝票を改ざんしてもらうといった方法です。減価償却期間が10年であれば毎年50万円ずつしか損金計上できませんが、特例を悪用すれば500万円を一度に経費算入できるため、単年度の税額を大幅に減らせることになります。
納入業者側がこうした不正に協力するケースは実際にはほとんどありませんが、一部の営業担当者が自身のノルマ達成のために書類を改ざんする可能性は考えられます。「30万円未満の小口備品に分割してくれたらお宅に注文する」と耳打ちされると、自身の営業成績のためにやむを得ず協力してしまうのでしょう。
こうした不正の場合、30万円未満の小口備品や消耗品の伝票が不自然に多くなるため、勘の働く税務調査官ならまず見逃しません。納入業者に反面調査に入り証拠を押さえます。最後は在庫の不正操作です。在庫を少なく見せることで、実際よりも売上原価を過剰に計上し、利益を少なく申告する手口です。
在庫操作の手口1:棚卸表の改ざん
棚卸表の改ざんは、売上除外や架空外注費のように相手が必要ありません。自社で完結できてしまうため、年度末になると棚卸表の書き換えによる脱税が多発する傾向にあります。たとえば、100ある在庫を帳簿上で80と過少に計上することで売上原価を増やし、課税所得を圧縮するのです。
しかし棚卸表の改ざんは、後にさまざまな面で辻褄が合わなくなる可能性があります。その最大の要因がコンピュータです。ある程度の規模の会社になるとコンピュータで在庫を管理しているため、在庫量を書き換えるとデータがおかしくなり、税務調査の際に発覚しやすいのです。私の経験では次のような事例もありました。
通常、税務調査に入るのは決算月から半年後程度です。その会社では商品Aの期末在庫が100だったのにもかかわらず、私が税務調査に入った半年後までに合計200売れていたのです。この半年間の仕入れが100未満であったため、期末在庫を改ざんしていた事実が明らかになりました。まさか税務調査官が、決算以降の半年間の在庫推計を確認するとは思っていなかったのでしょう。
経験豊富な税務調査官であれば決算期以降の取引も必ず確認します。たとえば3月決算の会社に9月に税務調査に入った場合、新年度に当たる4月から9月の取引です。この4月から9月の期間を「進行年度」と呼びます。進行年度の取引を注意深く確認し、3月決算までの取引と突き合わせると、不正を働いていれば必ずどこかに不審点が出てくるのです。
在庫操作の手口2:長期在庫の偽装
長期在庫を破棄したように仮装する手口も多く見られます。過去に私が経験したケースでは、遠隔地の工場の在庫が棚卸表から丸ごと抜けていたこともありました。ところが、その遠隔地の工場に調査に入ったところ、本社管理の棚卸表には掲載されていない在庫がすべて残らず保管されていたのです。現地の工場長は自身の判断で在庫を保管していた一方、本社は売れ残りの長期在庫はもう出ることはないと考え、一存で棚卸表を改ざんしていたのです。
このケースは本社の棚卸表と現地の在庫表を突き合わせることで不正が発覚しました。このように、在庫調整はさまざまな面でほころびが生じるため、不正が見破られやすいのです。