「W杯」の表現を使わず、ワールドカップブームに便乗
社会的ブームをうまく活用した広告宣伝の事例をひとつご紹介しましょう。2019年に行われたラグビーワールドカップの時、アサヒビール株式会社はツイッターを使って商品のPRをしました。世間の注目が日本vsアイルランド戦に向けられているタイミングで、国産ウイスキーとアイルランド産のウイスキーを、両国の国旗に使われている色を背景に並べた画像と共にツイートしたのです(図表2参照)。日本がラグビーワールドカップ一色に染まっていたのを利用したこのツイートは非常に効果的だったと言えます。
●ニッカウヰスキー【公式】のツイート
「何やら今夜と明日は、日本とアイルランドのウイスキーを飲み比べしたい気分じゃよ!
『ブッシュミルズ』は北アイルランドで400年以上の歴史を持つ蒸留酒! モルトにこだわり続け、軽やかな口当たりとともにモルトの味わいをしっかりと感じられるのが特徴じゃ! 皆にも是非トライしてほしいぞい!」
(2019年9月27日)
当時はワールドカップの組織委員会から、商標権の利用に関して厳しい見解が出されていて、『ワールドカップ』『ラグビーW杯』『W杯歓迎』といった表現が商標権の侵害にあたるのではないかと言われていました。飲食店や小売店のみならず自治体までもがW杯を使った表現に慎重になっていた時期だけに、アサヒビールもワールドカップの「ワ」の字も出さずにツイートしています。
この事例は大企業の例ですが、当時はお好み焼き屋がラグビーボール型のお好み焼きをメニューにしたり、スポーツ用品店が地元で合宿した国のラガーシャツを着た従業員の写真を載せたチラシを配布したりと、ワールドカップブームに便乗したビジネス活動が日本各地で展開されていました。
意図的に知的財産権を侵害するマーケティング手法も…
マーケティング手法の一つに「アンブッシュ・マーケティング(Ambush marketing)」と呼ばれる手法があります。定義は様々ですが、一般的には「権利を保有しない企業や個人が権利者の許可を得ずにその権利を利用して、便乗商品や便乗広告を出す計画的な活動」と理解されています。
要するに知的財産権を持つ権利者の了解を得ずに、勝手に商品やサービスを販売したり広告宣伝を行ったりすることで、「計画的な活動」つまり意図的に知的財産権を侵害する非合法なマーケティングと捉えられています。
ワールドカップやオリンピック・パラリンピックのロゴやキャッチフレーズなどを無断で使用して商品やサービスを提供したり、宣伝活動を行ったりすることはアンブッシュ・マーケティングにあたるというわけです。
社会的ブームに商機を探る姿勢は評価されるべき
しかし、このような規制は行き過ぎで広告主の「自由な表現」を阻害する行為であるとか、スポンサー企業の独占的な利益を優先するあまり市場の自由な競争が阻害されてしまうといった批判的な意見もあります。
確かに高いスポンサー料を払っている企業とそうではない企業が、同じように知的財産権を有するかのようにビジネス活動を展開できると言うのは不合理ですし、知的財産権の侵害を意図的に行ったビジネス活動は断じて許されるべきではありません。
しかし、先にあげた例のように、『ワールドカップ』『ラグビーW杯』『W杯歓迎』といった表現までもが規制されるというのは行き過ぎのように思えますが、皆さんはどうお感じでしょうか。
私は法律の専門家ではないため、アンブッシュ・マーケティングに関する合法、非合法の話は他に譲るとして、少なくとも明らかな権利侵害とは言えない範囲で、世の中の話題や流行を捉えてビジネスチャンスを生み出そうとする企業の活動は評価されるべきだと考えています。特に、中小・零細事業者の工夫やチャレンジはそれ自体が素晴らしいことであり、その事業者の属する地域経済活動の活性化にもつながれば、なお良しであると思います。
新型コロナウイルスの影響で先が見通せない状況ですが、『鬼滅の刃』のような話題性のあるコンテンツや流行を敏感に察知して、自社の商品・サービスの開発、販売につなげてみてはどうでしょうか。
知的財産権について詳しく知りたい方は、独立行政法人工業所有権情報・研修館が全国に設置している知財総合支援窓口の無料相談を活用すると良いでしょう。そこでは特許や商標などの知的財産の出願・権利化や、知的財産のビジネス活用などに関する様々な悩み・課題について幅広く相談を受け付けています。
全国の窓口は下記サイトから確認できるので、気になる方はぜひ活用してみてください。
●知財総合支援窓口:https://chizai-portal.inpit.go.jp/area/
杉山 正和
MASTコンサルティング株式会社 執行役員
中小企業診断士
森 琢也
MASTコンサルティング株式会社パートナー
中小企業診断士、プロフェッショナルコーチ