近年、「成果主義」を導入する日本企業が増加しています。従来の「年功序列」は時勢に合わず、また若手社員を中心に「頑張っても無駄」とモチベーションを低下させ、離職リスクを高める要因となるため、人材を重視する経営者ほど転換を図ります。しかし本当に成果主義の導入で社員のやる気は高まり、離職は減るのでしょうか? 成果主義の導入よりも重視すべきこととは…。上場企業から中小企業まで幅広く経営支援を行う森琢也氏が、プロスポーツの例を参照しつつ解説します。

「選手の評価は人それぞれ」という重要な事実

スペインのサッカー1部リーグに挑戦しているMF久保建英選手。名門レアルマドリードから今季は育成目的でビジャレアルにレンタル移籍しています。日本人のみならず多くのファンが、彼の試合数確保とそれに伴う活躍・成長を期待していた一方、シーズン開始から試合出場時間がなかなか増えず、まだそれほど多くの活躍の機会を得られていません。

 

実力や成果を重視するプロスポーツの中でも、監督によって選手の評価は様々であり、ビジャレアルを率いるエメリ監督の采配も議論が集まっていますが、ここではマネジメントの観点で、エメリ監督が頻繁に繰り返している“ある言葉”にも注目したいと思います。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

成果主義の導入で「社員のやる気が出る」という幻想

日経新聞が9月30日、トヨタ自動車は定期昇給について、一律的な昇給をなくし、個人の評価で判断する制度を2021年1月から導入することを労使で最終合意した、と報じました。評価によっては定期昇給がゼロになる可能性がある一方で、社員のやる気を高め、生産性を引き上げることが狙いだと言われます。

 

この成果主義の対比として、年功序列型の賃金制度が挙げられます。年功序列型は、経験や年数に応じて、実力や実績は高まるという考え(=仮定)で、従来多くの日本企業で採用されてきました。この年功序列型は、ある側面では非常に合理的でわかりやすく、高度成長期にはある程度公平な制度であったものの、近年では企業の成長鈍化と年齢構成の歪みにより、制度の維持が難しくなっています。また、若手社員を中心に「頑張っても無駄」というモチベーションダウンを招きやすく、転職市場が広がるとともに実力のある社員たちの離職リスクが高まってきました。

 

人材を重視する経営者ほど、社員のやる気や実力をきちんと評価して、会社全体の成果を高めたい、という想いは強く、日本全体でみると1990年代以降、年功序列から成果主義への転換が徐々に進んでいると言えます。しかしながら、本当に成果主義の導入で社員のやる気は高まり、離職は減るのでしょうか?

成果主義の運用には「評価者のスキル」が不可欠

成果主義といえば、欧米系の外資企業で採用されているケースが多くありますが、そこで働く方々に過去インタビューしたところ、「評価が公平だと思わない」と答えた方が多数だったことに驚きました。もちろん、企業や環境によって様々ですが、成果主義の場合、評価者(直属の上司等)の主観や取り組んでいる仕事内容によって大きく左右されます。

 

ある外資系IT会社の40代男性は、「評価は、直属の上司に好かれるかどうかがすべて。上司より仕事ができても、上司の立場を脅かしてしまうと弾かれる。任される仕事によっても評価は変わるし、日本企業よりエコ贔屓があったりもする」と言っていました。評価者に左右されるという意味では、ビジャレアルの久保選手もどんなに対外的に評価され、期待されようが、エメリ監督個人の評価に左右されてしまうと同じです。

 

上記の通り、成果主義を採用することで、社員のやる気を削ぎ、組織全体の成果を下げてしまうリスクも当然あります。

 

見落とされがちですが、成果主義をきちんと運用するためには「評価者の『能力や人柄』が一定水準以上であること」が必須の要件です。そもそも「人の評価」自体、とても難易度の高い業務スキルです。評価基準をどんなに作り込んでも、それをどう適応させるか、どの場面を重視するかによって変わってきますし、時には個人的な感情が評価を歪めてしまうこともあります。

 

著名な歴史上の人物も、人によって評価が変わるように、「人の評価」に絶対的なものはなく、極論すれば「正しく評価する」こと自体が不可能とも言えます。できるだけ適切に「人の評価」を行うためには、納得できる評価基準の設定とともに評価者個人の適性や専門的な訓練・トレーニングが必要不可欠です。

制度導入より「マネジメントプロセスの見直し」が必要

成果主義導入の流れは、1990年代が始まっており、当時は成果主義と共にMBO(目標管理制度)が導入され、現在多くの日本企業がMBOによる人事評価を行っています。これらも、成果を上げた人を正しく評価しようという試みでしたが、私が実施しているビジネスパーソン向けの研修で『目標管理』という言葉のイメージを参加者に尋ねると、今や8割以上の方が「ネガティブ」と答えます。モチベーションを上げるための施策が、今や圧倒的に逆効果を生んでいるのです。

 

そもそも、多くの日本企業がMBOの理解を間違えていると言われます。MBOは、ドラッカーによって、マネジャーや上司が、メンバーや部下をマネジメントするための方法として提唱されました。元の趣旨は、上司や部下がコミュニケーションを取りながら、部下のやりたいことと会社の目標や方向性と近づけて目標設定を行い、支援をしながら、その達成状況を捕捉(評価)することで、成果を高めていく取り組み(PDCAサイクル推進)だったのです。言い換えれば、「プロセスの中でより成果を出す」ための手法だったわけですが、日本では「評価」のためだけに使われています。

 

『成果主義』導入により、社員のやる気を引き出すためには、正しく評価することも大切ですが、改めて、成果を引きあげるマネジメントプロセスの見直しを行うことも必要なのではないでしょうか。実際に、1on1やコーチングに注目が集まっているのは、そういった気付きが社会全体で拡がっている証だとも捉えることできます。制度を変えれば解決することはなく、制度にも一長一短があり、形骸化させず、丁寧な運用やメンテナンスが必要です。

 

冒頭で触れた、久保建英選手が所属するビジャレアルを率いるエメリ監督は、インタビューで久保選手の起用を問われるたびに「彼とは話をしている」と頻繁に口にしています。現時点、彼にとって久保選手は「2番手3番手」の評価なのかもしれませんが、彼がコミュニケーションを図り、久保選手を引き上げる指導を行っていることも窺い知れます。本当のところはどうかわかりませんが、コメントだけを素直に受け取ると、評価の低いメンバーの引き上げにも熱心である点は素晴らしいと感じます。もしかしたら、彼の指導の下で久保選手は試合に出られなくとも、将来の飛躍のキッカケを掴めるかもしれません。

 

時に、成果主義が強まるほどに、上司も部下も目先の成果にばかり捕らわれてしまうことがあります。成果を重視しつつも、短期的成果ばかり追わず、将来に目線を向けてプロセスを大切に取り組む、という姿勢も大切であり、メンバーマネジメントの中でコミュニケーションはより一層重要になることでしょう。

 

ここまで述べた通り、本当に組織を活性化させるため『成果主義』導入は、評価する側の能力も必要ですし、プロセス指導の見直しも必要になるかもしれません。『成果主義』なだけに、制度導入時もすぐに成果を得たくなりますが、導入を検討する企業様には根気よく本質を見誤らずに導入や浸透を進めていただければと思います。

 

 

森 琢也
MASTコンサルティング株式会社パートナー 中小企業診断士
プロフェッショナルコーチ

 

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