「違う違う。」新人医師、撃沈の様子…
臍の真上の皮膚を切開すると、腹直筋鞘(ふくちょくきんしょう)が出てくる。
「コッヘルください」
腹直筋鞘を掴んで引き上げる。こうしないと臍部は沈んでいくため、うまくお腹の中に到達できない。
「電気メスください」
腹直筋鞘を切開して突破し、腹膜に到達する。
「お腹の中に入りました」
腹膜を突破すると、腹腔内に入る。
「カメラポート入れます」
臍に開けた穴からカメラポートを入れる。
「じゃあ気腹」
岡島先生が看護師さんに指示を出す。カメラポートが入ると気腹チューブをポートに繋いで気腹する。気腹とは、お腹の中に空気を入れて膨らますことだ。
普段お腹の中には空気は入っておらず、ほとんど空間がない状態である。気腹することでお腹に操作するスペースを作る。
「癒着もないし、胆嚢の炎症も治まっているみたいだね」
岡島先生は慣れた手つきでカメラを操作して、腹腔内を見渡す。今日は岡島先生がスコピストだ。
「はい」
僕は岡島先生の言葉に頷く。この患者さんは、一度胆石発作を起こしただけで、既往歴、手術歴ともになく、ほとんどまっさらな状態である。手術はそれほど難しくはなさそうだ。
「次に何をする?」
「5mmポートを入れていきます」
「そうだね」
執刀医用に2つ、助手用に1つ、計4つの穴を開け、5mmポートを装着する。このポートから手術器具を入れて手術を行う。
「よし、じゃあ両手に鉗子を持って。始めていこう」
「はい」
「鉗子を2つください」
鉗子にもいろいろな種類があるが、僕はまだ使い分けができない。仕方なく曖昧に器械出しの看護師さんにお願いすると、適切な鉗子を渡してくれた。
「おれがこの辺を持って上に上げるよ」
岡島先生はそう言って鉗子で胆嚢を掴んで頭側に吊り上げた。
「さあ、次はどうする?」
「ルビエール溝がこれだから、これよりも胆嚢寄りのところで漿膜(しょうまく)を切り始めて……」
「違う違う。まずは場を作らないと」
「はい」
「ちょっと、貸して」
そう言うと、僕の左手鉗子を使って横行結腸(おうこうけっちょう)や十二指腸を尾側(びそく)(足側)に押し下げる。するとさっきまで狭く不良だった視界がひらけた。これを医学用語では「場を作る」という。
「はい。じゃあ漿膜を切っていこうか」
僕は鉗子を受け取ると、漿膜切開を開始した。
「もうちょっと左手を手前に引っ張って」
「左手を持ち直して。そうそう」
「そこはまだ裏に何があるか分からないから後にしよう」
岡島先生に誘導してもらいながら必死に手を動かす。もはや自分が何をしていて、次に何をするべきなのか分からなくなっていた。この日のために勉強してきたが、全く役に立たなかった。
本記事は連載『孤独な子ドクター』を再編集したものです。
月村 易人
2025年2月8日(土)開催!1日限りのリアルイベント
「THE GOLD ONLINE フェス 2025 @東京国際フォーラム」
来場登録受付中>>
【関連記事】
■税務調査官「出身はどちらですか?」の真意…税務調査で“やり手の調査官”が聞いてくる「3つの質問」【税理士が解説】
■月22万円もらえるはずが…65歳・元会社員夫婦「年金ルール」知らず、想定外の年金減額「何かの間違いでは?」
■「もはや無法地帯」2億円・港区の超高級タワマンで起きている異変…世帯年収2000万円の男性が〈豊洲タワマンからの転居〉を大後悔するワケ
■「NISAで1,300万円消えた…。」銀行員のアドバイスで、退職金運用を始めた“年金25万円の60代夫婦”…年金に上乗せでゆとりの老後のはずが、一転、破産危機【FPが解説】
■「銀行員の助言どおり、祖母から年100万円ずつ生前贈与を受けました」→税務調査官「これは贈与になりません」…否認されないための4つのポイント【税理士が解説】