M&Aによる会社(事業)売却は、中小企業の「存続・発展」と「生産性向上」を実現する有力な武器です。本連載は、起業支援NPO、金融コンサルティング・M&A・不動産・投資教育事業会社などを多数運営する、佐々木敦也氏の最新刊『中小ベンチャー企業経営者のための“超”入門M&A』(ジャムハウス)の中から一部を抜粋し、中小ベンチャー企業経営者のための「会社(事業)の売り方」をご紹介します。

選択肢のひとつとして会社清算まで検討したが・・・

M&Aでの会社売却というと、かつては「身売り」といったネガティブなイメージがあったが、昨今では他社に評価されている証として、むしろ前向きに捉えられるようになっている。特に中小ベンチャー企業での売却ではどのような戦略・目的や心構え・準備が必要なのだろう?

 

まずは筆者が実際に手がけたM&Aを例にとって、具体的ケースで説明するのでイメージを掴んでほしい。

 

事例

K社は、設立からおよそ80年を超える社歴を有するタオルの製造・販売会社で、今治産高級タオルなどを取り扱ってきた。数年前に会社の経営が苦しくなっていた際、創業者オーナーの孫娘が必死に社長として経営を立て直してきたが、同氏も70歳を超えて後継者問題に頭を悩ませていた。数人の後継者候補はいずれも問題があり、経営を任せるには至らず、株主(創業者一族ほか)からも会社の譲渡を迫られるなどひっ迫した状況になってきたのである。

 

この相談が持ち込まれた際、K社は次の2つの選択肢を検討していた。

 

(1)会社清算のケース

資産売却現金化により、工場他資産は3.4億円の試算となり、現金0.1億円を加えると総資産時価は3.5億円。一方、負債の4億円を一括返済するためには、不足額0.5億円を自分で負担しなければならない。さらにこの場合は、株主の手取り(配当実施)がもちろんないことに加え、従業員の雇用や事業の継続、顧客の引き継ぎが大きな問題となる。

社員、顧客、株主のすべてを守ることができたM&A

(2)M&A(株式譲渡)のケース

M&Aの場合、中小ベンチャー企業の企業(株価)評価額は、時価純資産+営業権を使う。K社の試算では、1億+0.25億=1.25億円これを実際の売却可能性を考慮した8割掛けで、受取額は1億円の見込みとなった。

 

このケースでは、(1)の配当をもらえるどころか清算金を負担しなければならないケースに比較して株主の受取額もしっかり出て、法人もそのまま残り、社員は継続雇用され、下請け等の取引先も続くというハッピーな結果となる。

 

当然(2)を選択し、買収してくれる候補先を選定した。数社とのマッチングを経て、紆余曲折の末に繊維商社Y社への100%株式譲渡を進めることとなり、株主の同意を得て円満に株式譲渡が実行された。

 

このケースでは、典型的な「後継者難によるM&A」の実例と言える。K社の場合、この借入についての個人保証問題もあり、社内での後継者選びは難しい状況であった。結果的に自社単独での事業継承ではなく、M&Aによる株式譲渡を選択したが、経営の後継者問題はY社から人材を得ることで解決し、株主も売却益を得ることができた。社員も継続雇用となり、顧客も守られただけでなく、Y社のネットワークを利用してさらなる事業展開が見込める状況となったのである。事業継承にM&Aを利用して成功した一例である。

 

【図表 後継者難によるK社の2つの選択肢】

本連載は、2015年8月31日刊行の書籍『中小ベンチャー企業経営者のための“超”M&A』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

中小ベンチャー企業経営者のための“超”入門M&A

中小ベンチャー企業経営者のための“超”入門M&A

佐々木 敦也

ジャムハウス

日本の中小ベンチャー企業がM&Aをどのように活用できるか、またすべきか、という視点に重きをおいてまとめた入門書。 元M&Aアドバイザーが客観的・中立的な視点で、大企業でない中小ベンチャー企業のM&A市場を概観し、M&Aの…

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