相続人に認知症の方がいる場合、遺産分割協議ができません。全相続人の相続がストップする事態を避けるには、どうすればよいのでしょうか? 万が一の解決策、親が元気なうちから取り組むべき事前策を解説します。※本連載は、OAG税理士法人取締役の奥田周年氏監修の『親が認知症と思ったら できる できない 相続 暮らしとおかねVol.7』(ビジネス教育出版社、『暮らしとおかね』編集部)より一部を抜粋・編集したものです。

 相続人が認知症の場合、遺産分割の手段は2つ

認知症の相続人がいる場合、相続財産をどのように分けるかの話合い・遺産分割協議はできません。遺産分割協議は相続人全員が参加しなければ無効ですから、認知症の相続人を除外して遺産分割協議を行っても無効となります。

 

それでも遺産分割協議をして財産を分ける場合には、認知症の相続人の代わりに協議に参加する後見人をつける必要があります。

 

後見人がいない場合は法律で定める法定相続分に従うことになります。公平に分ける制度となりますが、相続人にとっては親の介護をしてきた子も、していない子も平等になってしまうという不公平感もあるケースです(『【マンガ】父の介護もしなかった妹に法定相続分どおりに渡すなんて』を参照)。ただし、親が亡くなったあとでは、手の打ちようがありません。

 

こうしたトラブルを避けるためには、親(被相続人)が元気なうちに、介護への貢献などを遺言書に反映してもらうことです。

 

公平な「法定相続分」を取った結果、むしろ損をするケースも…(※写真はイメージです/PIXTA)
公平な「法定相続分」を取った結果、むしろ不平等になるケースも…(※写真はイメージです/PIXTA)

不動産は「共有」以外の選択肢なし

被相続人の財産を相続した相続人の一人に認知症の方がいると、財産を誰が、どの財産をどのくらい取得するかを決める遺産分割協議ができません。判断力が低下している人は、話合いの内容を理解しているとは考えられないためです。

 

協議ができないと相続についての優遇税制も利用できないため、協議で決める遺産分割より高い相続税を払うということも少なくありません。

 

もうひとつの大きなデメリットは、不動産が共有財産になってしまうことです。一般的には、不動産は複雑な権利関係を避けるため、共有状態になるのを避ける傾向があります(前回の記事『家族が認知症だと「自宅」も危機に!?不動産にまつわる大問題』を参照)。しかし、認知症の相続人がいる場合は、後見人をつけない限り法定相続分での分割となります。

「代理で署名押印」は犯罪、相続放棄も不可能

相続が起こり、遺産分割を早く進めたいために、認知症が進行している人を協議に参加させ、ほかの相続人が認知症の相続人の代わりに署名押印することは「私文書偽造罪」として罪に問われます。認知症の相続人を外して協議を行った協議も無効です。認知症を患っているからといって、相続権を失っているわけではないからです。だからといって、ほかの親族が代理で協議に参加することもいけません。代理人となれるのは家庭裁判所から認められた成年後見人または任意後見人になります。

 

では、認知症の相続人が遺産分割協議に出られないなら、本人に「相続放棄」をさせてしまえばよいのかというと、当然それも不可です。相続放棄も法律行為であり、認知症を患っている人は、その内容を理解できているとは考えられないためです。

遺言書や後見人、家族信託…「万が一」の備えが肝心

相続人に重度の認知症の方がいる状態で相続が発生すると、相続人たちは非常に困った事態に直面します。そのような事態を回避するためにも、親(被相続人)へのアドバイスとしては、万が一のための準備をすることをおすすめします。

 

もっとも有効な対策は遺言書です。たとえば、遺言書によって認知症の相続人以外の人に遺産を相続させるのです。遺言書は、遺産の受取人を被相続人が自由に指定でき、法定相続に優先します。ここで誰に何を渡すか指定しておけば、相続が発生しても、相続人たちが遺産分割協議をする必要がありません。

 

注意点は、遺言書で特定の相続人だけ有利になったために、不利になった相続人に「遺言書無効の訴え」を起こされるケースもあることです。特に相続人が最低限与えられる「遺留分」に気をつけなければなりません。

 

特に被相続人が認知症を患っていたケースでは、遺言書を書いたのが認知症の症状が出る前か後かを巡って争うケースは少なくありません。

 

そのほか任意後見人契約を結ぶ、家族信託を利用するなど、認知症の相続人がいても、被相続人が元気なうちにできることは少なくありません。

親が元気なうちに準備すべき「遺言書」3つのポイント

1.遺言書で認知症の相続人以外に相続させる

 

財産を認知症の相続人以外の相続人に渡すように指定します。遺言書は法定相続より優先するので、きちんとした遺言書を残しましょう。

 

ポイントは、認知症の相続人を含めないことです。認知症の人は、預貯金の解約や不動産の登記などの申請ができないため、代理人となる成年後見人の支援が必要になってしまいます。認知症以外の相続人に遺産を相続させます。

 

2.遺言書で執行人を指定する

 

被相続人が自由に財産を分配したい場合、遺言書で指定をし、「遺言執行者」を指定します。遺言執行者とは、遺言書の内容を実現する人で、相続人の代表として不動産の名義変更や預貯金の払い戻し・解約を行うことができるので、認知症の相続人がいても、代わりに各種相続手続きを行うことができます。遺言執行者には、必ず認知症の相続人以外の相続人を指定します。

 

3.遺言書は公正証書遺言を利用する

 

さらに確実に相続を実現したい場合は公正証書遺言を利用しましょう。自分一人で書ける自筆証書遺言は手軽ですが、日付がない、署名がないなどの不備があって正式に認められない場合や、遺言書の存在に気づかれない危険もあります。一方、公正証書遺言は公文書で信用性が高いので、書き換えや隠ぺいの怖れもなく検認も不要です。

プラスアルファでもらえる財産、「寄与分」とは?

【マンガ】のように、親の介護を献身的にやってきた子などへは、「寄与分」といって、被相続人の財産形成などに貢献した人に与えられるプラスアルファの相続分をもらえる場合があります。

 

姉は両親と同居して父の介護を献身的に行い、今度は認知症の母の介護が始まりました。そこにかける時間や労力は、遠方に住む妹にはわかりません。これは、寄与分の規定にある「被相続人の療養看護」に当てはまり、裁判所で認められる可能性があります。

 

財産が1億円だったとします。姉が被相続人の介護を行ってきた分として1000万円を寄与分とし、残る9000万円を母4500万円、姉と妹で、2250万ずつ分け、姉にはここに寄与分の1000万円がプラスされ、合計3250円が相続されるというものです。

 

しかし、寄与分は相続人全員が話し合って決めるものなので、認知症の相続人がいると、検討できず法定相続分となります。もし寄与分を求める場合は、認知症の相続人に後見人をつけて遺産分割協議を行って決めていくことになります。

 

 

【監修】奥田 周年
OAG税理士法人 取締役
税理士、行政書士

 

【協力】IFA法人 GAIA 成年後見制度研究チーム

 

【編集】ビジネス教育出版社 『暮らしとおかね』編集部

 

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親が認知症と思ったら できる できない 相続 暮らしとおかねVol.7

親が認知症と思ったら できる できない 相続 暮らしとおかねVol.7

監修:奥田 周年
執筆協力:IFA法人 GAIA
編集:『暮らしとおかね』編集部

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