「塩漬け不動産」の回避策は2つ
本人が認知症の場合、自宅の売却だけでなく、アパート経営では契約の更新、解除、入居者退出時の原状回復の工事なども、認知症になってしまうと意思確認ができないため、業務が滞ってしまうことになります。
そこで不動産での認知症対策として、本人が元気なうちにできることは主に2つあります。任意後見制度と家族信託です。
●後見制度のひとつ、「任意後見制度」
任意後見制度は、後見制度のひとつですが、本人が元気なうちに後見人を自分で選ぶことができ、事前に万が一のときの対策を話し合えるのが、法定後見人制度との大きな違いです。たとえば、本人に代わって確定申告や税金の納付をやってほしい、アパートの管理を行ってほしいなどの取決めを行います。居住用不動産についても、任意後見契約の内容に処分の許可を明記していれば基本的には処分できます。任意後見では、家族を後見人に指定することもできます。ただしその場合、家族の負担が増えたり、報酬をもらいにくいなどの問題もあります。
さらに任意後見人制度のデメリットもあります。1つは、契約時に記載していないことはできないことです。途中で契約内容を変えたり追加したりできません。
2つ目は任意後見制度の利用には、適切に業務を行っているか確認する後見監督人の選任が必要になります。その費用が月々2万円から6万円かかります。
3つ目は、法定後見人にはある取消権という権利がなく、本人がしてしまった契約などの法律行為を取り消すことができません。
●アパート経営などに利用される「家族信託」
アパート経営などを行っている場合よく利用されるのが家族信託です。これは信頼できる家族に、財産や依頼したいことを託すことで、本人が認知症になってもより柔軟な資産運用・管理を継続してできます。費用は契約時に70万円から80万円程度かかります。ただし後見人制度のように月々、亡くなるまで払い続けるより負担は軽いと言えます。
もしもの場合でも、不動産経営を滞らせない事前対策
通常、成年後見制度(任意後見制度を含む)の利用を家庭裁判所に申し込むと、実際に業務がスタートするまでには3ヵ月から半年かかります。その間、業務を放置しては困ることもでてきます。そのような事態を見据えて、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会では、「オーナーの認知症に備えた委任状(管理業務委任状)」を作成してもらえます。
アパートなどの所有者は、認知症への備えとして、家族などを代理人と決めて、管理業務に関する事項、意思を明記した委任状を作成します。そうすることで、万が一のときは、賃貸住宅管理業者に管理を依頼し、賃貸経営を円滑に継続していくことができます。
所有物件の賃貸借契約締結や解除、修繕工事、原状回復工事などに関する請負契約の締結、そしてこれに関する一切の行為を行う代理権を、オーナーは代理人に授与します。オーナーは委任契約を取り消すことによって、いつでも終了させることができます。
ただし、管理会社は、委任状によってオーナーの財産管理を委託されるものではないので、認知症になった場合には成年後見人を選任してもらうことが必要です。詳しくは公益財団法人日本賃貸住宅管理協会(電話:03-6265-1555)へ。
【認知機能の衰えを防ぐ第一歩、「フレイル」対策】
フレイル(虚弱)とは、日本老年医学会が2014年に提唱した概念で、高齢者が要介護状態になってしまう過程では意図しない衰弱、筋肉の低下、活動性の低下、認知機能の低下、精神活動の低下などの健康障害を起こしやすい状態、つまり「健康」と「要介護」との中間状態を経ることが多いとされます。
フレイルの基準としては、①体重の低下、②歩行速度の低下(たとえば横断歩道を青・黄信号の間にわたり切れないなど)、③握力の低下、④疲れやすい、⑤身体の活動レベルの低下(たとえば、これまで日常的に行っていた運動やスポーツをしなくなったなど)が挙げられます。5つのうち、3点が該当するとフレイルとみなされます。
ただし同学会ではフレイルになっても、しかるべき対応策を行うことで再び健康な状態に回復する可逆性が含まれるとしています。
フレイルの予防と改善のために①適度な運動をすること、②食事をしっかり摂り低栄養を予防すること、③社会参加をすることが挙げられます。散歩などの適度な運動は身体機能を維持していくうえで、とても重要です。
また栄養摂取にも気を配りましょう。3食きちんと食べることが基本で、特にたんぱく質をしっかり摂るようにしましょう。
さらに、近所のボランティア活動や趣味の集まりなど、地域や社会とかかわりを持つことが大切です。こうした対応を進めることは、認知機能の衰えを防ぎ、生きがいづくりにもつながります。
「共有」ならスムーズに手続きが終わるが…
マンガの例のように、被相続人から不動産を相続した場合、相続人の一人が認知症を患っていたらどうでしょうか(『【マンガを読む】所有者に認知症の人がいると、共有名義の土地が売却できない?』参照)。相続財産を相続人で分けて相続するには相続人全員での遺産分割協議が必要です。しかし認知症の相続人は、判断能力が低下しているため、協議に参加することができません。
こうした場合、できることは主に2つあります。認知症の相続人の代わりに話合いに出席する後見人を立てる。あるいは、あらかじめ民法で定められた法定相続分で共有財産とすることです。
不動産の名義変更は、相続人代表者一人でも手続き可能なので、認知症の相続人がいても手続きが進められます。ここでは共有財産にした場合について説明します。
認知症の相続人がいて後見人をつけず遺産分割を行う場合、相続遺産は法定相続分となります。ここで問題になるのは不動産です。法定相続分で分けると不動産は共有財産になります。ただし一般的には、共有となった不動産はトラブルの元となりやすいので避けたい形態です。
共有者の一人が認知症だった場合、不動産を売却できません。不動産を売却したり、担保にしたりする場合は、相続人全員の合意が必要になるためです。そうなった場合は、やはり認知症の相続人に後見人を立てる必要が生じることになります。
「遺言書」が不動産の共有状態を防ぐ
共有状態になるのを防ぐために、被相続人が遺言書で、誰に何をどれだけ相続させるのかを書き残す方法があります。
ただし、被相続人の希望が、認知症の相続人に不動産を相続させることになると、登記申請は財産を引き継ぐ相続人が行う必要があるため、後見人が必要になります。または遺言執行者を決めておくことです。遺言書における財産の渡し方にも注意が必要です。
【不動産の共有を避ける理由】
法定相続分による遺産分割では、預貯金だけでなく、不動産も法定相続分で分けられます。配偶者と子が2人だと、配偶者は2分の1、残りの2分の1を2人の子が分けることになります。そのため、ひとつの家を親が50%、長男、長女が25%ずつとなります。
共有財産の場合のデメリットのひとつは、不動産全部を売却(処分)したいとき、共有者全員の同意が必要なことです。誰か一人が反対したら売却はできません。ただし、たとえば子の持分を第三者に売却することは可能です。
共有の建物を貸すこともできますが、原則として相続人全員の過半数の合意が必要です(全員の合意が必要なときもあります)。さらに、共有物件は、たとえば相続人の1人が亡くなった場合、その配偶者や子が相続する二次相続が起こると、問題が複雑化します。こうした問題を避けるには遺言書を残し、遺言執行者を指名。認知症の相続人以外の人に不動産を渡すなどの対応が必要になります。
【監修】奥田 周年
OAG税理士法人 取締役
税理士、行政書士
【協力】IFA法人 GAIA 成年後見制度研究チーム
【編集】ビジネス教育出版社 『暮らしとおかね』編集部