新型コロナウイルス感染拡大で医療現場はひっ迫し、医療崩壊ともいわれるなど、現場の医師や看護師、そして病院に注目が集まった。全国に緊急事態宣言が出された大混乱のさなか、ある医師から一本の電話がヘッドハンターにかかってきた。「どうやら資金ショートの噂が広がり、来年の春まで持たない。紹介できる病院はないか」と。もはや病院といえども安心の職場ではなくなった。ヘッドハンターが医師の転職の舞台裏を明かす。

病院のM&Aが加速、医師の流出が現実に

このように病院再編に伴う変化によって医師が流出するケースもあります。一般企業の世界では、M&Aは当たり前の戦略になってきましたが、やはり買収される側にとってはプラスばかりではありません。経営トップだけでなく直属の上司も替わることも珍しくないからです。もちろん、いろいろな形での圧力、嫌がらせにもさらされます。それに耐えられるかどうかが、重要になってしまっている現状です。

 

まだ40歳と若いK先生は、民営化されたP社の福利厚生施設としての病院にお勤めです。大学卒業後、ここに採用され救急、総合診療の分野で働いてきました。K先生と面会したのはつい最近のことですが、すでに他の系列病院の売却が終わったP社では、いずれその病院も手放すようです。そのためか、本社からの締め付けが相当に厳しいとのことでした。院長も事務長も本社から送り込まれ、こまかな備品の購入さえ口をはさむといいます。仲間や部下たちの盾になってきたK先生ですが、「さすがに堪忍袋の緒が切れた」と、この8月末には退職する決意だそうです。

 

いってみれば地域医療構想の陰で、こうした過酷な現実が起こっているわけです。しかも、この再編の動きは新型コロナによって間違いなく加速します。もちろん、都道府県ごとに温度差はありますが、予断は許されません。それは、昨年9月に厚労省が再編を検討すべき公立・公的病院424件のリストを公表していることからもわかります。なかなか進まない病床機能転換、病院再編に業を煮やしたということでしょう。

 

考えてみればこれまでも産業界ではいくどとなく業界再編が繰り返されてきたのです。1980年代、中曽根内閣による三公社の民営化。新たな会社としてNTT(旧日本電電公社)、JT(旧専売公社)、そしてJR(旧国鉄)が誕生したことは周知の事実です。それによって、赤字体質だった国営企業に活力が生まれました。このトレンドは、やがて郵政などにも波及し、空港への民間資本参入等につながっていきます。

 

さらに、1999年からスタートした「平成の大合併」。全国の自治体を合併し、広域化することで行財政基盤を強化し、地方分権を推進することを目的にしていました。およそ12年をかけ、3232あった市町村を1727にまでにしたわけです。この間、民間ではメガバンク、有名デパートや食品スーパー、石油会社などの統合が進んだのも記憶に新しい。そこにはいうまでもなく国の意向も反映されており、公共性の高い医療機関といえども例外ではありません。

 

しかし、こうした“激変の時代”だからこそ、医師の成功にとって職場選び(転職)が重要な選択肢になってきます。そんななか、私が先生方に強調しているのは、スペシャリストに加えてジェネラリストとして働けるスタンスを確立してほしいということです。例えば、これまで急性期一本で医療に従事してきたとしたら、回復期や慢性期の患者にも対処できる知識・資格を身につけてほしいと思っています。

 

私はその理想形をヤジロベエに求めました。ご存じのように、真ん中の人形から左右に伸びた手の先に重りがついていて、ユラユラ揺れながらバランスを保ち、けっして倒れない玩具です。左右の手には専門性(スペシャリスト)と総合力(ジェネラリスト)、中央の本体が医師の持つべき人格や見識、さらにいえば哲学といっていいでしょう。これらのバランスが上手に調和したとき、誰からも尊敬され、期待されるドクターが誕生するのです。

(取材・構成=岡村繁雄 ジャーナリスト)

 

武元 康明
半蔵門パートナーズ 社長

 

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