後継者が決まっていても当面の運転資金に困ることも
母 「おかえり、大学の同窓会どうだった?」
長男 「・・・それがさあ、林君のおやじさんが2カ月前に倒れたんだって」
母 「ええっ、お父さんとも同い年よね、大丈夫だったの?」
長男 「うん、おやじさんは、なんとか命は助かったらしいけど、意識不明の状態が続いていて、クリニックを林君が急きょ継いだらしいんだ」
母 「それは大変だったわね。でも、林君もうちと一緒で、お父さまのクリニックで働いていたから、そんなに混乱はなかったんじゃないの?」
長男 「診療のほうは、まあなんとかなっているみたいだけど、運転資金に苦労しているようだよ。彼には兄弟がいるので、おやじさんの預金を使えばもめるだろ。そもそも、おやじさんがそんな状態だと、本人の意思が確認できないから、銀行から引き出せないみたいだよ。林君は、そんなに預金をもっていないし大変みたいだよ。林くんには、「親が元気なうちに、手をうっておいたほうがいいぞ」って、いわれちゃったよ」
母 「なんだか聞いているだけで頭がクラクラしてきちゃった。いままで考えもしなかったけど、お父さんだっていい年だし、そんなことがあってもおかしくないのよね。早速この話して、何とかしてもらわなきゃ」
本人の意思なしで口座からお金を引き出すのは困難
会話のように、院長が突然倒れ、意思表示ができない状態に陥った場合は、たとえ後継者がすぐ決まっても、その後の運転資金に困る場合があります。
院長を交代するということは、個人経営の場合、前院長のクリニックは廃業し、後継者が新たにクリニックを開設するということになるので、引継前の保険診療報酬の入金は前院長の口座へ、引継後の保険診療報酬の入金は後継院長の口座へ振り込まれることになります。
しかし、この保険診療報酬が振り込まれるのは、請求から2カ月後です。その間も、人件費や経費の支払いは当然に発生します。かといって、前院長は意思表示をできないため、金融機関の口座から多額の現金を引き出すことは困難です。
また、前院長のクリニックの未払経費をその口座から支払う分には、ほかの相続人ともめることは少ないでしょうが、引き継いだ後継者がクリニックの経費を前院長の口座から引き出して支払うと(前院長から借り入れしたかたちになります)、ほかの相続人とトラブルになるおそれが高まります。さらに、前院長が突然亡くなった場合は、前院長の口座が凍結されるため、さらに運転資金の確保に苦しめられることでしょう。
受取人に代わって保険金を請求できる制度を活用する
後継者が決まっているが、院長を交代する時期には間があるような場合には、一次的な資金不足を防ぐために、事前に、後継者への贈与である程度の資金を移しておいたり、介護保障特約や高度障害特約など、被保険者が要介護状態や高度障害になった場合に保険金がおりる保険に加入し、後継者が指定代理請求できる特約を付加したりするとよいでしょう。
ただし、指定代理請求特約は、受取人に代わって保険金を請求する(金銭の所有権は被保険者にある)制度ですから、保険金の振込口座は受取人の口座になることに注意が必要です。また、その金銭を後継者の運転資金として借用する予定ならば、借入れの予約契約書(金銭消費貸借予約契約書)を事前に締結し、返済時に利息を付すなど、贈与とみなされないようにしたほうがよいでしょう。
指定代理請求制度
入院給付金や介護保障保険金、高度障害保険金など、被保険者本人が受取人となる保険金を請求する際、被保険者本人が傷害または疾病により意思表示できないなど特別な事情がある場合、契約者があらかじめ指定した代理人が被保険者に代わって請求することができる制度です。
指定代理人となることができる者は、保険会社によって異なりますが、多くの場合、配偶者や直系血族などに限られています。保険会社や保険商品によっては指定代理請求制度がない場合もありますので、各保険会社にご確認ください。